Meet the Artist

2024-01-28 18:12:00

門田千明/画家、ペインター 「わたしは日々、『私の好きなもの』を描く」

ALL THINGS MUST PASS

CHIAKI KADOTA

IMG_7697.jpeg

冷蔵庫の上のモノたち、愛するグレー

 葉山の山際に門田さんのアトリエはある。集合住宅の四階の角部屋で、光がたっぷり射し込む部屋だ。白いカーテンが引かれているが、それでも部屋の中は明るく、温かい。広々としていて、とても心地良い空間だ。

 床にたくさんの作品が置かれていた。個展に向けての作品のようだ。

 部屋の一角に大きなイーゼルがあり、そのそばにある作業デスクの表面は、それ自体が作品であるかのように、油絵の具のいろんな色がたっぷりとついている。

 隣の部屋にもいくつか作品が置かれ、描きかけの絵もある。ホームページで初めて目にした、油彩画の描かれた革ジャケットもあった。

 その部屋の片隅に、アップルのコンピューター・スクリーンがあり、画面にも絵が描かれていた(四人の人物の顔の絵)。じっと見ていたら、門田さんが補足するようにこう言った。

「コンピューターと決別する意思表明として、スクリーンに絵を描きました」

「決別できましたか」と聞き返すと、門田さんは、「いえ、完全には・・・」と笑って言った。

 IMG_7696.jpeg

 

キッチンに繋がる一角に小さな冷蔵庫がある(旅館やホテルで見かける、背の低いコンパクトな冷蔵庫)。その上に、いろんな小物がランダムに置かれていて、なんだかとても可愛い。手のひらサイズの丸みを帯びた石ころ、折りたたみ式ルーペ、ギターのピック、ロウソクと燭台、アンティークっぽい香水の瓶、ドライになった花、門田さんの絵がラベルになっているクラフト・ジンの空き瓶、などなど。

 

「その冷蔵庫の上は、私の好きなモノのコレクションです」と門田さんが教えてくれた。

「もともと石や岩が好きなんです。好きな形、色合いの石を見つけると、拾います。その丸いのは、沼津の石。グレー(灰色)が私は大好きなんですが、その石たちにはグレーがいっぱい入っています。世の中にある色素すべて混ぜるとグレーになる、と言われているんですが、私が絵を描いているときのパレットも、いろんな色がどんどん混ざっていって、気づくと最後はグレーになっている」

 

 幼い頃から油絵を描いていたという門田さん。油彩画との出会いはいつだったのか。描く対象はどのように選んでいるのか。ここにはたくさんの作品があるが、毎日何か描くのだろうか。門田さんは、どんな画家や人に、影響を受けてきたのだろう。

 IMG_7724.jpeg

油彩画との出会い

「私は、北海道、苫小牧市で生まれて、高校生まで過ごしました。油彩画を描き始めたきっかけのひとつが、北海道の白樺だったかもしれません。白樺はずっと好きで、描き続けているモチーフですが、表現の仕方はだいぶ変わってきていると思います」

 

「油彩画を始めたのは7歳のときです。近所に、もともと学校の先生で、校長先生にもなって、引退された人がいて、私が家の前の道路にチョークか何かで絵を描いていたら、「絵が好きなんだね」と話しかけてくれて。その人はずっと美術もやっていて、自宅の二階をアトリエにしていました。私はそこに、遊びに行くような感じで、通いました。油彩画、水彩画、木工などを教わりました。のびのびと自由にやらせてくれました。

 私が油彩で最初に描いたのが赤いリンゴ。リンゴは、今も定期的に描きます。確認というか、(自分の現在の)立ち位置を確かめるような感じです。リンゴを描くのはずっと好きです。

 最初に描いたリンゴの油絵は、今も実家のリビングルームに飾ってあります。今よりずっと上手(笑)。丁寧に描いた、リンゴらしいリンゴの絵」

 

「その先生が、印象派の絵を大好きでした。セザンヌ、モネといった画家の絵に影響を受けていて、先生の絵はそういうタッチで描かれていた。きっと私が生まれて初めて見た油絵が、その先生が描いた絵でした。だから、テクスチャー、モチーフなど、ものすごく影響を受けたと思います」

 

 IMG_7699.jpeg

影響を受けた作家、アーティスト

「いろんな人に影響を受けています。高校生のとき知ったアンディ・ウォーホルは、まさに衝撃的でした」

 

「安西水丸さんの絵はとても好きです。シンプルでありながら、情熱的。すごいなと思います。

 私が昔も今も気をつけていることのひとつに、(絵が)語りすぎないように、ということがあります。自分が見ていたい絵、好きだと思う絵、ひかれるアート作品は、シンプルなんです。絵に限らず、シンプルで、情熱的で、余白があるものが好きです。だから私は、説明的になりすぎないよう気をつけていますが、ついつい描き過ぎてしまうときはありますね」

 

「リチャード・ロングはすごく影響を受けています。大学生くらいのときに出会ったんですが、とにかくカッコいいなと思いました。作品はもちろん好きですが、「彼=ロング」が大好きなんです、カッコいいから(笑)」

 

 確かに、リチャード・ロング(イギリスの彫刻家・美術家)は、カッコいいアーティストだ。

 すらりとしていて、ヒッピーのようにも、芸術家を演じる俳優のようにも、学者のようにも見える。

 巨大な白いキャンバスや板に向かって無言で対峙する姿は、孤高の音楽家のようだ。たくさんの、岩のように大きな(重そうな)石を自ら手にして、サークルに、あるいはラインで並べていく様子は、修行僧を思わせる。サハラ砂漠の砂の海に、岩石を直線上に並べていくロングは、アーティストというより巡礼者、あるいは、考古学者のようでもある。

 

「これはリチャード・ロングの作品集のひとつですが(と言いながら門田さんは、アトリエの書棚に置かれていたロングの作品集『MIRAGE』を手に取って、開いて見せてくれた)、彼の作品だけでなく、たとえばここで使われているフォントも好きです。ロングは、作品集のデザインや文字組もカッコいい。私には、リチャード・ロングは、すべてがパーフェクトに見えます」

 

 IMG_7683.jpeg

絵のモチーフ

「私が描くものは、基本的には日常的なもの、ふだん私が目にしているもの、出会ったもの、私自身が好きなものたちです。花、猫、樹木、海、空……、どれも身近なものであり、好きなもの。マクドナルドのハンバーガーとフレンチフライの絵は、去年の夏休みに何度も行っていたので(笑)」

 

 無理やり重ねるつもりはないが、門田さんが水平線を描いた絵の(アブストラクトだが)、そのラインを見て、安西水丸のイラストレーションを想起した。安西さんの絵は常に一本のラインから始まる。安西さんが最初に引く一本の線は、永遠を思わせる、いつも完璧なラインである。

 安西さんの絵で、火の点いた煙草と灰皿、というモチーフは定番だ。「自分が好きなものを描く」「身近なものを描く」という門田さんの言葉を聞いて、そうか、安西さんは煙草が好きだったから、そしていつも身近にあったからこそ、それを描いていたのかな、と考えた。

 門田さんは絵を描く人だが、彼女の「言葉」がとても面白く、興味深い。ゆっくり、少しずつ、確かめるように語る門田さんの話のあちこちに、いろんな「気づき」や「発見」があって、楽しい。

 

「日常の、一度きりのものに強くひかれます。子供を育てていると、すべて一度きりの連続なんですよね。まさに、刹那的。子供はどんどん大きくなっていく。瞬時に変化、成長している。昨日の我が子はもういない、というか。すべてあっという間です。子供と接していると、「生まれて生きて死ぬ」という生命(いのち)の当たり前を、毎日、目の前で見ているような感じもする。リンゴだって、今年も実がなってここにあるのは奇蹟とも言えると思うし。全部が、一回一回、一度きり。All things must pass、なんですよね」

 

 IMG_7693.jpeg

All things must passは、ジョージ・ハリスンの曲であり、三枚組のソロ・アルバムのタイトルでもある(CDでは2枚組だが、発売当時はLPレコードで3枚組だった)。

 その言葉の意味するところは「諸行無常」、同じ波は二度と来ない、すべては移りゆく、ということだ。ジョージは仏教や東洋思想に傾倒していた。

 

「人生には二度と同じことは起こらない。とても貴重に感じるけれど、それはけっして特別なことではないんですよね」と門田さんは語った。

 

「白樺も、二本同じものはありません。同じ樹はなくて、すべての樹が違う生命です。

 白樺の絵は、最初は誰が見ても樹とわかるように描いていたんですが、最近は次第に、「中に入っている」というか、白樺を描きたいというよりも、白樺を通して私が見ているものを描きたいのかなと思ったりしています。自分の内面を描くというか。

 海や水平線もよく描くモチーフですが、海も白樺と同じで、海の絵を通して、私が見て、感じているものを表現しているのかなって思うこともあります。あと、時間とか。色彩も情景も、そのときの私自身の心もようというか。ときどき、思いっきり抽象画を描いてみたいと思うこともあります」

 

 樹や花、リンゴのように、いわゆる「自然」を描くときと、(人形の)シロクマや、ボックス(箱)など人工物を描くのとは、何か違うのだろうか。

 

「クマのぬいぐるみ、羊のぬいぐるみは、娘たちが好きなもの、私が好きなものです。誰もがいつか「ぬいぐるみなんかいらない」と言うときがくるのかもしれないけれど、羊のぬいぐるみは、私がずっと大切にしているもので、今も実家にあります。私は彼ら(ぬいぐるみ)に勇気をもらったり、落ち着かせてもらったりしてきた。ときには頼らせてもらったこともあった。幾度もそういうことはありました。そういった自分の、いくつもの過去の感情をのせて、描いています。

 円形のボックスは、仲良くしているアクセサリー・デザイナーがいて、私にプレゼントしてくれたものです。私を温かく見守ってくれているその人の心を、私はそのボックスを見るたびに感じます。だから、箱は確かにモノの絵だけれど、それを描くときには、その人の気持ちや、それを受け取った私の心情を投影して描いているんだと思います」

 IMG_7715.jpeg

 今回の個展のテーマは、「All things must pass」なんだと門田さんは言う。

 

「私の好きなモノたちであり、二度と同じものはない、というか。結局のところ、日常の中の私自身が好きなモノたちなんです。そして、なぜ私が自分の好きなモノだけを選んで描いているか?というと、「今を大切にしている」からだと思います。All things must pass、流れていった川の水は戻ってこない、つまり、今の積み重ねですよね。個展も、そんなテーマで構成できたらいいなと思っています」

 

 

 

text by Eiichi Imai

photography by Koichi Chida