Meet the Artist

2023-10-09 10:54:00

奥村乃/現代美術作家、サーファー、骨董屋 「世界をリミックスして生きる。」

I am a surfer, an antique dealer and a contemporary artist.

 DAI OKUMURA

 

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水曜日の午後、浅草ホッピー通り

 9月の水曜日、午後3時過ぎ。

 地下鉄銀座線の終点(始発でもある)、浅草駅に着いて、地上をめざす。慣れない場所だと、どの出口から出ればいいか迷ってしまうが、これだけ観光客、旅行者が大勢いると、「みんなが向かうのと同じ方向へ」というのが、間違いないのだろうなと思う。多くは外国人だ。中国語、韓国語、スペイン語、英語、他の言語も耳に入ってくる。

 異国の人々の流れに乗って地上に出ると、もうすぐそこが仲見世通りの入り口だ。

 それにしても、すごいにぎわいだ。平日の午後なのに……と思いつつ、旅行者にとっては平日も週末も関係ない。そして、アーティストやサーファーにとっても。

 

 通常なら仲見世通りを抜けて浅草寺へ行き、お詣りして、となるが、今日は目的があって浅草へやって来た。午後3時半に、「ホッピー通りへ来い」という指定である。

 

 長く東京に暮らしていても、浅草の「ホッピー通り」のことはよく知らない。そもそも浅草に来るのは久しぶりだ。ここには親しい知人、古い友人が住んでいるのだが、もう長く逢っていない。

 Googleマップに「ホッピー通り」と入れれば簡単なのだが、とりあえず浅草寺の境内を見ていこうと思い、仲見世は人がすごいので脇道を歩く。

 

「ホッピー通り」というのは、浅草寺境内の西側にある、百メートルにも満たない通りのことで、「酒場通り」とも呼ばれるそうだ。その名の通り道の両脇に酒場がずらっと軒を連ねている。

 ちなみに、同じ通りの入り口付近には、ノルウェイ、オスロ発祥の、CASA BRUTUS的なコーヒーショップ、「フグレン」がある。フグレンと、ホッピー居酒屋が並んでいるわけで、そのランドスケープは浅草らしいなと思う。

 

 吉田類さんはこの通りが大好きだと思うけれど、太田和彦さんには庶民的過ぎるだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えながら、指定された店をめざして歩いていく。平日の午後3時台なのに、もうすでに満席状態の店も。カウンターでひとり静かにグラスを空けている中年や初老の常連客も多い。平日の昼間の時間の酒呑みたち。いったい、何をしている人たちなんだろう? 中には、明らかに「もうできあがっているな」という若者たちもいる。

 ホッピー通りの店を指定した友人と、インタビューをするアーティストが「まだできあがっていない」ことを密かに願いながら、歩いていった。

 

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いすみに暮らすサーファー

 

 奥村乃さんは、古い和紙に水墨で絵や文字を描く現代美術作家であり、ほぼ毎朝海に入るサーファーであり、WEBサイトを通してインターナショナルに売買する古道具商&骨董屋だ。

 午後3時半の浅草ホッピー通りで、ビール、ハイボール、焼酎のオン・ザ・ロックなどを飲みながら、奥村さんの話を聞く。

 

 当初、千葉県いすみ市に住む奥村さんの自宅兼アトリエを訪問しようとしていたのだが、同居する老猫の体調がすぐれず、家族以外の人を「今は迎えることが難しい」ということで、浅草で会うことになった。

 ではなぜ、代わりの場所がフグレンではなく、ホッピー通りの呑み屋だったのか。

 聞くと、奥村さんはほぼ毎日、午後になると酒を呑むらしい。そんなわけで、「だったら呑み屋で会いましょう、ということになったんです」とコーディネイトしてくれた友人はマトコシヤカに語った。

 

 毎日昼を過ぎると呑み時間だと聞いたのですが、本当ですか、と聞くと、奥村さんは笑顔で、「本当です!」と即答した。

 

「一応、正午までは呑まないようにしているんですが、自分の中では12時を過ぎたら(酒を)呑んでもいいということになっていて。

 僕が住んでいるのは千葉県いすみ市の大原というところで、海のすぐそばです。有名ないすみ鉄道も走っています。田舎だから、1週間に一度、車でスーパーに行って、必要なものをまとめて買い込むんですね。そういうのはアメリカの田舎と同じ生活スタイルで。だから“今日は午後に車で出る”と決まっている日は、そんな早くから呑みません(笑)。でも、出かける用事がないなら(車を運転する必要がない日は)、昼から呑みます」

 

 奥村さんはサーファーだから、朝は早起きだ。ただ呑んで寝るだけの男ではけっしてない。

 

「朝はすごく早起きです。僕がいすみに暮らすようになった一番の理由が波乗りなんです。四季を通じて波がとてもいい。早朝に起きて海に入るのが僕の日課です。車にはロングボードとショートボード、両方積んであって、その日の波のコンディションによって使い分けています。

 いすみは、日本の中でも、波乗りについては最高の場所だと僕は思っています。いすみ以外で僕がいいなと思うのは、九州の宮崎ですね。とにかく1365日、毎日(波に)乗れます。骨董もやるし、アンティークの商売もあるし、アート活動もあるけれど、自分のベースはやっぱりサーフィンです」

 

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そんな奥村さんは、海なし県である埼玉県の生まれ育ちだ。海、サーフィンとの出逢いはいつ、どんな感じだったのか。

 

18くらいのときですが、鵠沼に友だちがいて、サーフィンをやっていて、見ていたらかっこいいなと思って、それで僕も始めてみたんです。最初はすごくミーハーなノリでした。高校卒業後、アメリカ西海岸に留学して、向こうで本格的に波乗りをするようになったんです。ロサンゼルスのヴェニスビーチ界隈に住んでいました。ヴェニスは、俳優でアーティストのデニス・ホッパーが住んでいたところです。

 サーフィンの多様性が好きです。競技としてストイックにやる人もいるし、日々の遊びとして乗ってもいい。ハワイへ行くと、お腹がでっぷり出たハワイアンのおじさんが、のんびりロングボードに乗って海の上を滑っています。いろんな楽しみ方がある。そういう自由な感じが、僕は気に入っているんですよね」

 

 朝早く奥村さんは海へ行き、ショートかロングか、その日のコンディションで決めてボードを持って海に入り、波に乗る。「だいたい2時間くらい。波がよければ3時間くらいかな」

 

 そして家に帰ってくると、コンピューターに向かって古道具商、骨董屋としての仕事をする。個展や展示が控えているときには、作品作りをする。そして、午後に車で出る用事がなければ、「昼を回ったら、呑みます」

 

アンティーク、骨董、古道具

 

 奥村さんが骨董やアンティーク、古道具に興味を持つようになった経緯はどのようなものだったのだろう。

 

1516年前、僕はリサイクルショップでアルバイトをしていたんですが、仕事の一環で骨董の市場にも通うようになり、そこで興味を持ちました。僕はコレクターじゃありません。基本的には直感で、茶碗、陶器、壺、仏像など、興味を持って見るようになったんです。

 その後、自分でWEBサイトを開いて、インターネット上で骨董を中心に、自分でいいなと思うモノを販売するようになりました。当初ひとりでやっていたんですが、もっとバリエーションがあるほうが楽しいし、商売としてもいいだろうと思い、仕入れのときに顔を合わせていた同業者で、海外でも受けそうなモノを扱っている人たちに声をかけたんです。これが、「コンテンポラリーアンティーク集団tatami antiqueの始まりです」

 

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「畳」こと、「tatami antique」に所属するディーラーはいろいろだが、特徴としてサイトはすべて英語だけの表記になっている。「tatami antiques is an independent online marketplace for “Contemporary Antique” as the remix selection from applied mingei folk art pieces, high-end traditional antique items or other uncategorized unknown awesome stuff presented directly from Japan to you・・・」といった感じで説明が続く。

「畳アンティークは、オンライン上の、インディペンデントなコンテンポラリー・アンティークの市場です。民芸の作品、骨董から、ハイエンドなアンティーク品、あるいは、どこにも属さないけど最高なモノまで、幅広くリミックスしてセレクトしています。全部、日本のモノです……」といった感じだろうか。

 

「最初は売れなくて、ぜんぜんダメでした」と奥村さんは笑った。

「食べていけないから、アルバイトをしながらやっていました。自分でもきっかけや理由はまったくわからないのですが、そのうち、人の紹介だったり、偶然見つけてくれたりして、お客さんが増えていきました。あと、SNSの発達や広がりは大きかったと思いますね」

 

「日本語と英語と、両方表記があるといっきにメジャー感が出て、離れてしまうお客さんが多いんです。中には、“俺だけがこのサイトを知っている”というマニアの方も外国にはいるので、英語だけの方が安心感があるようです。また、日本人で購入してくれる方はとても少ないので、だったら英語だけでいいだろう、と思って」

 

「今では、tatamiは完全に海外向けに発信していて、お客さんはほぼ外国人です。買ってくれる人の中には、もの作りをしている作家、アーティストも多い。彼らの多くは骨董の知識は持ち合わせていなくて、まるでアートを選ぶように、感覚的に商品を選び、購入します」

 

 ではそもそも、「コンテンポラリー・アンティーク」とはどんなものなのだろう。

 

コンテンポラリー・アンティークとは、ひと言で言うと“ごった煮”、あるいは“チャンプルー”です。メンバーの中には昔ながらのスタイルの、つまりオールドスクールな骨董屋もいれば、新しい感覚で「これ骨董?」というようなものまでセレクトするニュースクールな人もいます。その幅の広さ、多様性自体が現代的で、そうやってセレクトされているモノを“コンテンポラリー・アンティーク”と呼んでいる。で、そういうメンバーが入れ代わり立ち代わり減ったり増えたり流動的なところtatamiの特徴のひとつです。

 また、tatamiのメンバーのモノ選びは完全に自分本位です。お客さんが何を欲しいのかは、読めないので。ただ、たとえ近くにいなくても、世界中のどこかにはきっと、誰か自分と“同じ、あるいは似通った、共通するモノ”が好きなお客さんいるはずと思ってやっています」

 

現代美術作家として

 

 サーファーであり、古道具商&骨董屋である奥村さんのもうひとつの顔が、現代美術作家だ。きっかけは古い和紙だったという。

 

「何年か前に、古道具の仕入れをしていたとき、古い和紙が大量に出たんです。紙は風合いや色合いがそれぞれあって、好きな人はたくさんいる。最初は売ろうと思って仕入れたんですが、かなりの量があったので、あるとき、“ちょっと自分で何かここに描いてみようかな”と思いました。

 書の経験があるわけではありません。どちらかというと、ギターを弾いたり、音楽を創るのに近いというか。僕は墨汁と、一番太い筆を買ってきて、まず日本の平仮名を書いてみた」

 

SNSに書いたものを載せると、tatamiのニューヨークのお客さんのひとりが興味を示してきた。“売って欲しい”という。それで、もっとちゃんと描いてみようと思いました」

 

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奥村さんは、子供の頃に絵を描いていたとか、アーティストになりたいと思っていたわけではない。では、自分が影響を受けたカルチャーや、アートの分野があるのだろうか。

 

「大きな影響を受けたと自分が感じているのは、1980年代のカルチャー、音楽です。自分の10代や青春時代と重なるわけですが。特に、子供の頃にテレビで『ベストヒットUSA』を観ていて、そこで紹介されたアーティスト、ミュージックビデオには、強い影響を受けたと思います。デヴィッド・ボウイ、デヴィッド・バーン、プリンス、マイケル・ジャクソン、そんな時代ですよね」

 

 Instagramで奥村さんは、自分の作品を時々アップしている。墨で描かれた、書かれた、いろんな作品がある。文字もあれば、絵もある。猫もいるし、ダース・ヴェイダーもいる。

 

「一応、自分の中のルールのようなものがあって、それは、“気持ちいいか”ということ。気持ちがよくないなというものは描かないですし、書いていてそういう気持ちになったらダメですよね。作品を作っているとき音楽を聴いています。音楽、音からは一番インスパイアされるかもしれません。何かモノ作りしているとき、音を、音楽を、聴きます」

 

 もう何杯呑んだだろうか。ホッピー通りもすっかり夜になったが、人通りは絶えないどころか、夜になって増えている。一度、通り雨が降ったのだが、もう上がって、少し空気が涼しくなった。

 ここへ案内してくれた友人が、奥村さんを別の店へと誘った。裏通りから裏通りへと小径を歩いて辿り着いたのは、初老のゲイ・カップルが営むカラオケ・スナックだった。着物を小粋に着こなした70代のオーナーが我々を迎え入れ、カウンターの向こうにいるもうひとりの男性が小料理を作って出してくれる(どれも、とても美味しい!)。

 友人と奥村さんは順番に歌を歌い、さらにハイボールを重ねた。

 いすみでは、こんなふうに店に行って呑むんですか、と奥村さんに聞くと、「いや、外では滅多に呑まないです」と答えた。

 

「地元では家呑みと、誰かの家に集まって呑む、みたいな。町のような感じではないし、持ち寄って誰かの家や庭で呑むのが一番いいですよね。今度一度、ぜひいらしてください。いすみ大原、すごくいいところですよ」

 

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文:今井栄一

 

 

 Dai Okumura 奥村乃 

 千葉県いすみ市在住のサーフィンを愛する古道具商にして現代美術家。コンテンポラリーアンティーク集団「畳」のリーダー。年に数回個展やグループ展 を行っている。 

 

奥村乃 個展 2023. 10.20 Fri-29 Sun