Meet the Artist

2026-03-19 10:00:00

Something begins to live ANNE SUZUKI 『やどる』 鈴木杏/俳優、画家

 

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犬を迎える/『ほぼ日手帳』絵日記

 幼い頃からモデル、俳優としてカメラの前に立ち、舞台、テレビドラマ、映画など幅広く活躍してきた鈴木杏さんは、「画家、アーティスト」としての顔も持つ。

 子役としてのデビューは9歳の頃だから、キャリアとしては俳優・鈴木杏の方が長いが、絵を描くことについては、ある年に、一年間「毎日、一日一枚絵を描く」ということもしているので、スタート地点は(俳優業より)ずっと後だが、本人の心身のかなり深い場所に「描く」ということがあるのではないか。まさに、描くことが彼女自身に宿っている、というように。

 

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29歳になる年の始め、2016年の元旦に、新しい『ほぼ日手帳』を広げて、「一日一ページ、さぁ何を書こう?」と考えたとき、ふと、「絵なら毎日描けるかもしれない」と思ったんです。

 それまでの数年は、11日に日記を書き始めても途中でやめてしまったり、読んだ本の気になる一節を毎日書き写すということをしてみたり、『ほぼ日手帳』のページにあれこれ試してみたけれど、なんか今イチうまく使えていないな、と思っていました。何かが書いてあるページと、何も書けていないページがあって、それも嫌だなぁって思っていたんですね。

 その前年の10月くらいに、我が家に犬を迎えたんです。犬が生活に加わり、やっと落ち着いた頃に年が明けて。犬がいることで自分が家に居る時間も増えたし、ふと、2016年の元旦に、「絵を描いてみよう」と思ったんです。『ほぼ日手帳』のページに。

 日記って、後から読み返すと、わざわざ思い出したくないよこれ、というものがあったり、ちょっとこれはもう(想い出に残さず)捨ててしまいたいなぁという日があったり、そういう感じが誰にもあると思うんですけど、絵日記なら後から見返しても恥ずかしくないかなと思って。それでその年、一年間、毎日、絵日記を描いたんです」

 

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それは今もゆるやかに続いているそう。鈴木杏さんは言う。

「そこから“絵のご縁”という世界が広がっていったように思うんです。不思議ですね、絵日記を描き始めたときには自分が個展を開くとか、私が描いた絵がTシャツにプリントされるとか、まったく考えていなかったから」

 人と人との縁、新しく生まれる縁もまた、続けること重ねていくことで、その人に宿るのだ。

 

 

9歳の俳優デビュー/大人の世界で

「子役の俳優としてデビューしたのが9歳の頃。今年で俳優業30年になります。モデルの仕事は3歳頃からたまにやっていたんですが、私はカメラの前でじっとしているのがあまり得意じゃなくて。

 子供の頃、夜に寝る直前くらいまで、母親と一緒にテレビドラマを観ていたんです。母はドラマが大好きで、私が小さい頃って、ちょうどトレンディドラマ全盛期でした。テレビ画面の中の物語とか演技とか、子供だから深く考えずに観ていたわけですけど、そのうち自分が(演技に)興味を持ったんでしょうね。

 7歳になるまで一人っ子だったから、家で一人遊びをすることはよくあったんですが、その遊びの延長で演技に対する興味が芽生えたみたいで、親に「テレビドラマに出てみたい」って言い出したそうです」

 

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「両親とも最初は、「またこの子が変なこと言い出したぞ」くらいな気持ちだったみたいで。でも母は、私を出産するために仕事を辞めた人だったので、「女優さんなら、結婚、出産しても、長く続けられる仕事かもしれない」と思ったらしく、うまくいくかはわからないけど、何事も経験だから試してみるのもいいんじゃないかって。それで俳優として所属するのに、怖い事務所は嫌だから(笑)、どこがいいのかって考えたとき、私の両親の友だちにスタイリストの方がいて、その方が「ここの事務所の社長さん、良い人だよ」って言って紹介してくれて。それで母娘で会いに行き、以来私はずっと同じ事務所にいます」

 

9歳の私にとって、俳優のお仕事は、とても面白かったんです。と言ってもお芝居が面白いという気づきはまだなくて、撮影の仕事場が面白かったんです。撮影現場に行くと、いろんな大人の人たちがいる。20代のスタッフさんから、60代、70代の役者さんまで、多種多様な大人たちがいて。みんな私を可愛がってくれるし、面倒見ようとしてくださって、居心地良くて、それで楽しかったんだろうなと今は思います。周りの俳優さんスタッフさんたちは、9歳の私からすると、みんなすごい人にしか見えない、その大人たちと一緒にいるのが、私には面白かったんです。彼らが休憩中にお喋りしている横にいるだけでも面白かった。知らない世界、初めての場を体験している感じ。

 その感覚は今もあまり変わっていません。撮影の休憩時間にお喋りしたり、いろんな方とコミュニケーションをとるのは今も面白い、楽しいと感じます。この年になるともう、自分が現場で一番年下という状況も減ってきちゃったけど」

 

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「今は長野に暮らしていますが、生まれも育ちもずっと東京です。目黒川が濁っていて匂いが強い頃の中目黒界隈に暮らしていました。ちっちゃいとき、お絵描き教室に通っていたんですけど、絵を描くのが好きだった記憶はあまりなく、そこで出されるおやつのこばかり覚えています。氷砂糖、煎ったヒマワリの種とか、その先生が出してくれたおやつの印象が濃く残っています。ちっちゃいときの記憶だから、どれくらい事実か定かではないんですが。学校の美術の時間の記憶も特に濃くなくて、絵を描くのが得意だと思ったことは一度もなかったですね」

 

「じゃあ絵本とか好きだったかというと、そういう特別な記憶もないんです。ただ、そのお絵描き教室に行くとき、母と一緒にバスで通っていたんですが、バス停の近くに本屋さんがあって、そこで一冊500円くらいの絵本を母が買ってくれて、それを行き帰りのバスの中で読み聞かせてくれたことは、楽しい記憶として残っています。たぶん家には絵本がたくさんあったと思うんですが、子供の私は集中して読むようなタイプではなかったのかな? きっと、特別な何か、というのはなくて、ふつうの子供たちと同じくらいの絵や絵本への興味しかなかったように思います」

 

 

単色の線画を描く/ご縁の繋がり

「大人になってから、『ほぼ日手帳』で始めた絵日記は、すべてペン一本で描いています。手帳に三色のペンが付いてくるので、最初はそれを使っていて、一日一枚描いていると途中で黒インクが終わるので、そこで別の色に変えて描き続けます。ちょうど今は青色のインクのペンで描いています(※これは昨年の晩秋の頃)。なので、『ほぼ日手帳』に描いている絵はすべて、基本的に単色です。

 描いているのは、その日に出会ったインパクトのあった光景ということもあるし、ただ線を引いて、また引いて、という抽象画のような日もあるし、いろいろです」

 

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「これは、『ほぼ日手帳』に限ってのことではないですが、私は絵を描くとき、写経のように一本の線から描くことが多いんです。一本描いて、また一本描いて、それを繰り返していくという。

 小中学生の頃も、学校の美術の時間はあまり得意じゃなくて、特に写生会とか好きだった記憶はなくて。でも中学2年生のとき急に線画を描くようになったんです。描くといってもスケッチブックとかじゃなくて、何かの裏紙に描くとか、そういう感じ。撮影現場でも時間があると描いていて、すると私が描いた絵を見て「すごいね」と言ってくれる方もいて。その流れもあって、2016年の元旦から、『ほぼ日手帳』に一日一枚、線画を描くようになりました」

 

「ある日、現場で、いつものように私が手帳に何か描いていたら、それを見ていた舞台のスタッフさんが、「スタッフTシャツ描いてみない?」って言ってくれて。舞台の現場では、スタッフTシャツを作ることが多いのですが、それであるとき私がそのイラストを担当することになったんです。

 私の絵がプリントされたTシャツを見た別の舞台のプロデューサーの方が、「杏ちゃん、絵を描くのが好きなら、クラウドファンディングで本を作ってみたら?」と言ってくださって、それで今度は本作りに向けて、単色ではなく絵の具を使い始めて。するとクラファンの応援コメントを森本千絵さんが書いてくださり、数年後、千絵さんが、自分が開いたギャラリーで「個展をやってみない?」と誘ってくださって。それで、個展をするなら、きちんとキャンバスにアクリルで描いてみようと思い、それが初めてキャンバスに描いたときでした。

 なんだかすべて、偶然というか、ご縁によって繋がって広がっていった、という感じですね」

 

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雪が積もる森の中で/描くことは身体を動かすこと

「今暮らしているのは、長野の森の中です。標高900メートルくらい。まぁまぁ高いところで、冬には雪が積もります。もちろん(冬は)寒いけれど、慣れちゃえばあんまり感じないというか、東京のように歩いて移動することはないので、家の中が温かければ心地いいです。外に出てもすぐ車に乗ってしまうから」

 

「なぜここか、というのは、先に移住した友人夫婦がいて、初めて訪ねたときに、ここ面白そうだなっていう感じがして。それまでも、八ヶ岳、軽井沢など、東京から少し離れた場所で、住めるかな、住んだらどうだろうなって考えながら、場所を見たりしていました。

 仕事のことを考えると、軽井沢辺りなら東京へも通いやすいと思ったんですが、今いるこの場所は、電車でも車でも東京からは時間がかかるけれど、暮らしたらきっと何か思いもよらないこと、新しいことが始まりそうだなという気配があった。どうせ移住するなら、こっちの方が断然面白そう、それなら振り切ってしまえって思い、それで今の場所に落ち着いた感じです。

 ここに暮らし始めて、一年とちょっと経ちました。春、夏、秋、冬と四季を通して暮らしました。先のことはわからないけれど、ここをベースにしていくと思います。

 前は、舞台など俳優としての仕事のスケジュールが先に決まっていたんですが、今はなんだか、絵の個展の予定が先に決まって、いろいろ逆転現象が起きていて、面白いなと思いながら日々を過ごしています」

 

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「こもって地道に描いているイメージもあるかもしれませんが、絵を描くのって、すごく身体を使うんだなと最近気がつきました。肉体の動きによって描かれるというか。個展に向けて少し大きなキャンバスに描くときには特に動きが多くなる。

 子供の頃、モデルの仕事でじっととしているのが得意じゃないと思ったわけですが、それは今もあまり変わっていなくて、だから舞台が好きなんでしょうね。身体が動いていくから。小説とか脚本を書く仕事だと机に向かって座って、動きが少ないと思いますが、キャンバスに向かう絵は身体の大きな動きが必要になってきます。最近の気づきとして、絵という表現が、自分の精神性よりも身体=肉体に結びついているんだ、ということがあります」

 

「そもそも絵を描くことは、とってもパーソナルなものだと思うんですね。絵というのは、誰かに見せないこともできる。誰かに向けて(絵を)見せなければ、誰も気づかないし、内緒のままにしておくこともできちゃう。だけど個展があって、人に見せること前提で描いていると、葛藤というと大袈裟かもしれないけれど、何か心で迷うところがあったりします。なんだろう、客観的なところが出てくるというか。これは面白い絵なのか、と自分の作品について問いかけてしまったりする」

 

――問いかけながら、繰り返し線を引いたり、色を塗っていく?

 

「そうですね。色が好きだから、絵の具を使い切る感じで、何枚もキャンバスを並べて、塗り重ねていくこともあります。横に何枚もキャンバスが並ぶと場所を取るから、大変なんですけれど、絵の具を開けたら使い切りたい派なので、並べたキャンバスの絵の、その色を使う箇所に同時進行で塗っていく。

 裏紙や『ほぼ日手帳』に線画を描いていたときも、私はすっごい描きこんでいく感じでしたけど、色を塗っていくのも同じような感じで。ある色の絵の具を持ったら、その色の部分をとにかく塗ってやりきるというか、そうしないと次の色に手を伸ばせない」

 

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――ダンスとは違うけれど、動きによって色を重ねていくようなときもあある?

 

「ダンスは小学3年生から中2くらいまでやっていて、踊ることは好きですが、絵を描いているのとダンスはまた違う気がします。ただ、そうですね、描くというのは肉体的なことではありますね。写経のように一本線を描くのも、キャンバスに向かって筆を持って色をどんどん塗り重ねていくのも、私にとっては運動のような。たぶん、“絵を描く動き”が、私はすごく好きなんだなって思っていて。むしろ、何か描きたいものがあるから描くのではなく、まず動いて動かしてやってみて、そうすると次第に見えてくる、気づいてくる、というような……。

 それが面白い結果を生むかどうかは未知なんですが、でも時にバンッ!と「あ、これだ!」という感じで見えることはあります。「こういうの描きたいな」という気づきのような」

 

 鈴木杏さんは411日から始まるシソンギャラリーでの個展に、こんな言葉を寄せている。

 

「色を重ねていった先に

 なにかが宿る、その瞬間

 やっと絵は絵になるのだと

 最近気がついた

 頭で思い描いたイメージを

 全力で覆すかのように

 身体が勝手に動いていく

 

 ひとつひとつ

 粛々と

 遠く遠く

 深く深く

 色を重ねながら

 

 私はただただ

 なにかが宿る瞬間を

 求めている」

 

鈴木杏 ANNE SUZUKI  「 やどる 」  “Something begins to live” 開催のお知らせ

 

text by Eiichi Imai