Meet the Artist

2025-11-21 17:45:00

Bréssing MAO YOSHINO 呼吸すること、生きること、祝福すること。 吉野マオ/アーティスト

オレンジのコロコロ/小さな太陽/郵便屋さん

 吉野マオさんは、鮮やかなオレンジ色のキャリーバッグを引きながらシソンギャラリーに現れた。やはり鮮やかな青と白のギンガムチェック・シャツ(裾の数センチだけ白とライトグリーン)、赤いショートヘアーと眉毛、ルージュの唇。そして、笑顔。

「絵と同じだ」というのが第一印象。まさに、小さな太陽が現れた、という感じ。太陽のことなら僕もよく知っている。子どもの頃からずっと空に輝いているから。だから初めてお会いしたとは思えない。一応、「こんにちは」の後に「はじめまして」と言ったけれど。

 キャンバス布のコロコロが(スペイン、Roslerのもの)、マオさんによく似合っているのだが、まるで郵便屋さんが手紙を届けに来たようで、それもまた出会いの瞬間のデジャブ(既視感)だった。彼女の絵の原点に「手紙」があることは知っていたから、「なるほどそうか、こういうことなのか」という納得。アーティストである吉野マオさんは、ある意味で本当に郵便屋さんなのだ。彼女が届ける手紙は「祝福」であり「祝祭」。それがマオさんの絵だ。

 

00000(1).jpg

  

絵は手紙、贈り物/絵は自分の気持ちの解放

「絵は手紙であり贈り物、というのは、小さな頃から変わっていません。ずっと私は、親しい誰かの誕生日とか、久しぶりに会う人とか、葉書くらいのサイズの紙に絵を描いて渡したり、封筒に花を描いてきました。会えることの喜び、出会って嬉しい気持ちを表現したい、伝えたいという思いが強くあって、その気持ちが、文字を超えて絵の表現に至ったのだと思います」

 

「そういう親しい誰かとの一対一の秘密のやり取りのようなものを、もっと広く大きくしたのが、私の絵、作品です。だから、やりたいことはずっと同じ。いつだって誰かにお祝いや嬉しさを伝えたい。それが、私が絵を描く一番の理由です」

 

手紙 002.jpg

 

「その『手紙を贈る』という行為は、ちっちゃい頃から、家族が私にしてくれていたことなんです。私のお誕生日に、手作りの飾り付けをしてくれたり、手作りの何かをくれたり。大切な誰かに贈る気持ちをどのように表現すればいいか、どのように伝えるとお互い楽しく嬉しいのか、それを私は家族から学びました」

 

「花、カラフルな色彩が好きなことも、ずっと変わっていません。幼稚園の頃には夢中で花を描いていました。自分の気持ちを解放できるモチーフだったのかなって思います。でも、花というモチーフが自分の中に確立するまで、いろんなものを描いてきた気がします。そうする中で、『これが一番伝えたいことが伝わる』とわかって、いつの間にか花だけを描くようになりました。手紙には名前も書きたいので、文字も、いろんな色、形で表現していたと思います」

 

「紙に描くと、違いますよね。筆圧、筆の動き、色や柄、絵として表現されることで、想いを受け取ってもらえるというか。誰を、どこを、何をイメージするかによって、本当にいろんな違った花が生まれます。私自身も、創作することで(原点に)立ち返れる。また、描くことで自分の気持ちがわかることもあります。絵なら伝えられる、絵だから伝わる、という意識がずっとありました。だから絵を描いて手紙にして渡してきたのだと思います。絵なら、自分の気持ちを解放できるんです」

 

いろんな花.jpg

 

宇宙を喜ばせる絵/音楽が聴こえる絵

「小さな葉書がどんどん大きくなってきて、渡す相手も、一対一からもっと大きな規模というか、街全体、もっと言うと地球ぜんぶを喜ばせたい、みたいな感じになっています。自分が宇宙を喜ばせて、それによって地球の人たちも喜ぶというような、そんなふうに視野が広がっている感じがあるんです。今は大きなキャンバスに描くようになってきて、そこには、宇宙に響かせたい!という気持ちがあります」

 

「ちょっといろんな話が混ざっちゃうんですが、私は音楽も大好きで、歌うこと、踊ることも大好きなんです。音楽は、もし人前で歌うとしたら、身体の運動というか、ステージでは全身を使いますよね。実は絵も、身体の運動だと思うんです。

 私が自分のアトリエで大きな絵を描いているとき、誰にも見られていないから、遠慮せずに身体を思い切り使って描きます。恥ずかしさも抵抗もない。心を躍らせながら絵を描くとき、自分の手や腕、腰や足は踊っていると思う。以前、私の絵を見て『歌が聴こえてくる』と言ってもらったことがあって、それはとても嬉しかったし、絵でも音楽的な体験って作れるんだ!って思いました」

 

 

土から生まれる/土に還る

「東京藝術大学に進学しようというとき、絵を学びたいということは特になかったんです。自分はただ『手紙を書いている人』だと思っていたし、作家とかアーティストになりたいという気持ちはありませんでした。でも、作ることしか見えていないような子だったので、家族が藝大を勧めてくれて、そんなところがあるんだ!と行ってみることにしました。陶芸を専攻しようと考えたのは、絵はずっと描いてきているし、何かもの作りをこれからやっていくのだとしたら、『その根源に一度きちんと向き合っておきたい』と考えたから。土は始まりだと思います。人間が地上に立ったときに両足の下にあったもの、私たちはみんな土から生まれたし、いつか土に還っていくから。

 だから、土は、もの作りの始まり。ひたすら土に向き合おうって思って藝大に入りました。毎日、こねこねこねこねやって、3年、4年と経って、何か掴んだかどうかはわかりませんが、そうやって続けたことによって、自分の独自の制作をする許可が地球から下りたというか。大学で土と陶芸をやりきって、それで絵をもっとしっかりやっていこう、という気持ちになりました」

 

沖縄 002.jpg

 

夏の沖縄/島の光、風、人々

「この夏、沖縄で個展を開催しました。そのとき、現地にしばらく暮らすように滞在したんです。個展の会場は首里城のそばにあるカフェレストランで、オーナー夫妻の家にお世話になりました。オーナー夫妻も移住者でしたが、今ではもう島の人のように沖縄に詳しくて、海はもちろん、やんばるの森や、いろんなところに連れていってもらううち、沖縄の太陽、風、葉っぱや花を、自然と描き始めている自分がいました。島の光を受け取って、描き、その光の中にかけてみて、そこからまた受け取るものがありました。その繰り返しの中でまた絵が生まれてきた」

 

「幼い頃から、家族で沖縄に行っていました。父と母が沖縄を好きで、初めて連れていってもらったときに、私はすぐ大好きになったんです。父母より私の方が沖縄を好きだったと思う(笑)。受験に合格したご褒美は沖縄の三線でした。大学生のとき、バイト先のカフェでよく弾いていました。

 家族で行っていた沖縄の、光や風、風景、そこにいた人たちのことは、今でも鮮明に心に刻まれています。沖縄は第二の故郷のように、ずっと自分の心の中にあったし、それはもはや自分の感情や感覚となっているから、これまで描いてきた絵の中にもあるんだと思います。

 最近、透視できる方とご縁があって、見ていただいたのですが、私には『南国の金色の神様』がついているらしく、納得してしまいました(笑)」

 

沖縄 001.jpg

 

「空気や太陽にもキャラクターがあると思うんです。今住んでいる岐阜には、岐阜の太陽のキャラクターがあるし、沖縄には沖縄の太陽があって、私と相性がとても良いんです。沖縄の太陽には友だちっぽいバイブスがあるというか。沖縄にいると安心してホッとするし、同時に、ものすごくパワーをもらいます」

 

 

エイサー/一本の光と繋がり/命の祝福

「今回のシソンギャラリーに展示する絵には、沖縄で生まれてきたものがあると思います。沖縄に暮らすように滞在したことで、この個展に向けての制作に大きなパワーが加わったというか。

 滞在中、エイサーを見る機会がありました。エイサーを見たとき強く思ったことは、『これが人々に必要なものだ』ということ、『自分がやるべきことは、これなんだ!』ということ。それを再確認できたというか。

 エイサーを見て、繋がりを強く感じたんです。先祖、もっと昔の地球の始まりが『土』だとしたら、今は『枝』で、未来は『葉』。それが一本の光で繋がった感じがした。エイサーは島の人たちが大勢で太鼓を鳴らし、声を掛け合い、踊り歩くもの。その大切な儀式はきっと愛から生まれたのだと思います。エイサーを見たとき、それは命であり愛だと感じました」

 

「私にとって生きる喜びとは、『人との出会い』『人と生きること』です。自分にとっての生きる喜びを表現することは、誰かの命を祝福することでもあると思います。そしてこれは、私が生きる上で一番大切にしていること。私は、『みんなで祝福したい』。この夏、沖縄で体験したエイサーも、同じようなことを言っているような気がしました」

 

DSCF9080-2.jpg

 

「少し前から、絵を描きながら、『もっと未来へ、もっと宇宙へ』ということをイメージし始めています。それが大切なことだと感じて。もっと遠くへ響かせるにはどうしたらいいんだろう?っていつも考えていたんです。それこそが、自分が描くときに大切な部分だから。『遠くへ遠くへ響かせ、轟かせたい』ということが」

 

「今回は、宇宙をめがけて描く、ということをしてみました。意識的に、遠くに、未来に、大きく大きく、という感じで描き上げていった。でもそれは同時に、(遠くではなく)自分の裡(うち)に入って、掘っていくことでもあった。私という人間がこれまで、誰に愛され、誰を愛して、何を感じて、何を思ってきたか、どう生きてきたか。遠くをめがけて描くために、もっと自分の裡を掘り下げていく必要もあった」

 

DSCF9186-2.jpg

 

「大切な人のために手紙を書くように絵画を描く。手紙のように絵を描くことが、やっぱり一番大切なことなんだと思います。遠くを、宇宙をイメージしたけれど、それによって、よりパーソナルで、自分の中にある大事なものにあらためて触れることができたというか。その繋がり、体験が、今回のシソンギャラリーでの個展では、表現されていると思います」

 

「今回は、自分の色である『赤』をベースに描いていきました。唯一、自分と同じ赤色を使いたくなる人がいるんですが、私は今回、その人のことを思いながら、その赤色で描きました。彼女からもらった愛、私が彼女を思う愛が、今回の絵にすべて表れていると思います。

 そしてその絵は、会場に来てくれた人、絵を見てくれたた人のことも愛し、そうして一緒に生きることを喜びたいと思っています」

 

DSCF9142-2.jpg

 

text by Eiichi Imai