Meet the Artist

2025-10-07 09:14:00

野口アヤ×吉野マオ これから訪れる春の喜びに、祝福を "Bloom Echo"

なぜ沖縄を好きだと思っていたのか

その理由に触れた沖縄での暮らし

 

 ayanoguchiaya12回目のコレクションは「Bloom Echo」と名づけられている。その展開の軸となるのは、若きアーティスト・吉野マオさんとコラボレーションした新たなテキスタイル。これから訪れる瑞々しい春の息吹を感じるように、優しく重なる桃色と水色、そしてさまざまな彩りの花々が咲き誇る、マオさんの作品から生まれたものだ。

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ayanoguchiayaのデザイナーで、シソンギャラリーのオーナーでもある野口アヤさんは、この日、上がったばかりのマオさんとのコラボレーションテキスタイルの洋服を持って、沖縄で個展を行っていたマオさんの元を訪れた。マオさんは、個展のために約2週間、沖縄に滞在していて、もうすっかり沖縄の空気を纏っている。アヤさんが個展会場のカフェ「CONTE」の扉を開けると、その奥にはマオさんの明るい笑顔があって、その姿を見たアヤさんは、「いい時間を過ごしたんだなあ」と、すぐにそう思ったそうだ。

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「沖縄の暮らしはどうだった?」、アヤさんが訊ねると、「沖縄は7年ぶりだったんです。久しぶりに沖縄に来て、しかも暮らすように沖縄にいれたことで、また、違う見え方ができて、それがすごくよかったなと思っています」とマオさん。

名古屋の中心街で生まれ育ったマオさんだが、沖縄は「第二の故郷」のような場所。初めて家族で沖縄に旅行で訪れたのが小学2年生の時で、初めて沖縄に来た時からなぜか彼女はどうしようもなくこの島に惹かれたのだという。そこから毎年、「沖縄に連れて行ってください」と両親に頼み、家族旅行はいつも沖縄だった。

東京藝術大学に入学してからは創作活動が忙しく、なかなか訪れる機会もなかったが、この沖縄での個展を機に、少し長く滞在しようと個展の1週間前から沖縄に入っていた。

マオさんが沖縄に着いた日は、ちょうど旧盆に当たった。旧盆3日目「ウークイ(御送り)」と呼ばれる日は、各地で先祖の霊をあの世に送り出す伝統行事「エイサー」が行われる。マオさんは、その中でも200年以上の歴史を持つ「平敷屋エイサー」を観に行った。神聖な神屋(拝所)を前に行われる奉納演舞は、祖先の霊を慰め、地域に平穏をもたらすために行われる。沖縄に着いた次の日にその行事を観たマオさんは、祖先とのつながりや地域の人たちの熱気、そしてそれをつなぐ唄三線と太鼓、指笛の音色が混じり合う状況に、「とても感激してしまった」と語る。

「私がなぜ沖縄を好きだと思っていたのか、その理由を見せてもらった気がしました。今、ここにいる自分と、すべての祖先、地球の始まり、そういうものが光で一本に繋がった感じがしたんです。旧盆に重なったことで、祖先を感じたり、死者とか魂との繋がりを強く感じたというのもありますが、だけど、沖縄という島は、ただ歩いているだけでも風景の中からそれを感じられるんですよね。連れて行ってくれた人が『死と生が同じ場所にある』と言っていましたが、歩いていても、暮らしの中に祈りの場所があったり、人々がちゃんと大事にしてきたものでこの島はできている。そのことにすごく安心感を覚えたんです。私は愛知のビルに囲まれた街で育って、多分どこかにずっと不安があって、いったい自分はどこから生まれたんだろうみたいな気持ちがありました。でも今回沖縄に来て、エイサーを見た時に、すべて、このひとつの地球から生まれて死んでいくという、生きることの安心感、さらに、死ぬことへの安心感みたいなものに改めて気づいて、それを初めて言葉にできたんです」

 マオさんは東京藝術大学在学中、絵画ではなく、工芸科陶芸研究室に在籍していた。なぜかと訊くと、何かしら表現することは一生を賭けてやっていくと思っていたマオさんは、まず、その原点である「土」に触れることから始めたいと思ったからだという。土から生まれ、世界と出会い、いずれ、土に還る。陶芸、そして、絵を描きながら感じていたそのことが、エイサーや沖縄での暮らしを通して感じたことと重なっていったのかもしれない。

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誰かひとりに向けての手紙から、

これから出会う人たちの祝福を願う絵へ

 

アヤさんもまた、沖縄でのマオさんの作品を観て、これまでとは違うものを感じたと話す。

「『しま ぬ ひかり』という個展のタイトルもそうですが、作品が明るい感じがしますね。光を感じるんです。今年の1月にシソンギャラリーで展示した作品とはまた変化していることが伝ってきます」

 沖縄での個展タイトルは『しま ぬ ひかり』だった。「島のひかり」。現在暮らしている岐阜のアトリエで、この個展に向けて作品を描くにあたり、「ずっと沖縄のエネルギーを浴びてきていたので、スルスルスルってイメージが湧いてきて、沖縄のことや会場になる場所のこと、どういう人が来るんだろう、どういう人と会えるんだろうと、そんなことを考えて描いていきました」とマオさん。

「私は絵を手紙として描いているので、これから出会う人のことがすごく気になるんですよ」

マオさんにとって、絵は手紙。

「最初は、こうして展示したり、作品をつくるというのではなく、特定の誰かに向けての手紙として描いていたんです。もちろん愛を持って描いていたけれど、気持ちが高ぶりすぎて、いつも号泣しながら描いていました。だから人前では絵が描けなかったんですよ。その頃は、ドアも閉めて、ひとり、閉じこもって描いていました。そういう絵は、誰かひとりにあげるにはよかったけど、繊細で重い絵だったと思います。飛んでいくような軽やかな絵ではなかった」

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沖縄でマオさんは、個展会場のカフェで、スケッチブックを広げて絵を描いたり、お客さんがいる前で大きな窓に楽しげにライブペインティングしたりと、絵を描く場所の空気や光、風景を感じながら、その場、その時とセッションするような感じで描いていた。だから「閉じこもってひとりで描いていた」という、その思いがけない言葉には驚いた。

 それが変わっていったのは、「私を一番よく知る人に、なぜみんなのために絵を描きたいのに、閉じこもって描いているの?」と言われたことがきっかけだった。それから少しずつ、ドアを開けて描けるようになって、人前で描けるようになり、すると、描く絵もまた変わっていった。そうすることで、「みんなに届いていく絵になったのかなと思います」。

「今も泣きながら描くことはある?」とアヤさんが訊くと、「今は、号泣はしていないです。あるとしても、嬉し涙かな」とマオさんが微笑む。

「だから個展でこんなにみんなが幸せそうな顔をしてくれるなんて思わなくて。今回もちゃんと届いてるなって実感できていて、それがとても嬉しいんです」

外へと開かれていったマオさんの絵は、たったひとりに向けた手紙ではなく、これからその絵に出会う人たちへの手紙となった。今回の沖縄の展示の絵もそうだった。沖縄を想い、これから出会う人たちとの祝福を願い、その人たちへ向けた手紙。設営の時、一枚一枚、その絵を会場の壁に飾っていくと、その空間にまるで最初からあったかのようで、思わず、「おかえりなさい」と言ってしまいそうなほどに、沖縄の風景に、ほんとうに、とてもよく似合っていた。

さらに沖縄に滞在しながらも絵を描いた。スケッチブックにクレパスや色鉛筆、ペンなど身近な画材で描いた絵は、沖縄の光に映えて、より彩りが鮮やかになった。そして、今、ここで感じたことを描きたい、という想いが、力強く勢いのある線となって行った。

「沖縄の景色を見ていたこともあるし、さっきも話しましたが、エイサーを見て、私がやりたいことは、これでいいんだなと思えたことも影響しています。ここで生まれてここに還る、それを感じさせてくれる時の安心感。絵もまた、そういうものであれたらと思っていて、自分がやりたいことを改めて確かめられた気がします。その自信が筆に現れたのかな。だから、迷いがなくなったんです」

 

 

絵だけで完結するのではなく、

洋服になることによって

よりたくさんの人に喜びの粉が舞う

 

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アヤさんとマオさんの出会いは2024年の秋に遡る。東京で開催されていたマオさんの個展を見たアヤさんは、会場に入った瞬間、「かなり好きだ」と思った、と、その時のことを振り返る。

「マオちゃんの作品は色使いの綺麗さや可愛さ、お花というモチーフの優しさ、そしてほどよく抽象化されたタッチとか、手法の勢いがすごくあって、見た瞬間、衝撃的に好きな作品だ!と射抜かれた感じでした。展示はもう3分の2ぐらいまで来ていて、絵もだいたい売れてしまっていたのですが、その時一目惚れした大きな作品を一枚購入したんです。でもその時、マオちゃんは在廊していなくて、どんな人が描いているのかわからなかったんです。それでギャラリーの人に聞いたんですよ。そしたら、『昔の女優さんみたいで、面白い人なんですよ』と言われたんです」

 ますます、いったいどんな人なんだろうと、会いたい気持ちが募り、連絡をとってみると、マオさんから返ってきたのは、「私は、描いている絵みたいな人なんです」との答え。そして実際会ったマオさんは、「本人もすごく魅力的な人物だった」とアヤさん。

「それからいろんな話をしました。モチーフが全部お花であるとか、子どもの頃から人に気持ちを伝えるために絵を描き始めたこと、だから絵はお手紙なんだということ、そして、祝福をテーマに描いているということを聞いて、ますます好きになりました」

 この出会いがシソンギャラリーでの個展へとつながり、さらに、これまでさまざまなアーティストとのコラボレーションを重ねてきたayanoguchiayaの次のコラボレーションアーティストへとつながっていった。

「マオちゃんと一緒に何かやりたいとすぐに思い至ったのですが、どの作品とコラボレーションするかは悩んだんです。だけど、やっぱり最初に下北沢で買った作品がすごく印象的で、そのインスピレーションを大切にしたいと思いました」

アヤさんが買った作品は、キャンバスが大きく四等分、そのそれぞれに色もタッチも、それゆえ印象も違う花が描かれていた。マオさん曰く、「その4つは、それぞれ違う年代の、違う経験がテーマにあるんです。そのすべては、自分の人生に大事だったタイミングで、その4つのことはバラバラだけど、並べた時に絶対に最高になると思って描きました」。

アヤさんも「確かに、お花が4つあるように見えるけど、見え方によっていろんな見方ができる作品なんですよね」と続ける。

「例えば、その4つが家族にも見えたり、土、水、空気、火の四元素説にも見えたり、万物の根源の思想にもなぞらえられたりする。そういうふうにいろんな捉え方ができるのが面白いなと思いました」

 しかもかなり大きなサイズの作品だった。大きなキャンバスには身体全部で向き合う必要がある。だからか、その時のすべてが注がれる。一筆ごとに魂が宿っている、と言っていいかもしれない。その作品はそれほどに力強かった。そして、そんな作品からつくられたテキスタイルは、それが洋服になっても、そのエネルギーを薄めることなく、しっかりと写し取った。

「その時のコレクションのテーマは『inspires』で、マオちゃんの作品からインスピレーションを得て、それからつくったテキスタイルと、そこから他のアイテムに世界観を広げてコレクションをつくっていったんです。マオちゃんのその絵の力が伝わるのか、この時のコレクションの中でもマオちゃんとのコラボした洋服が一番人気だったんですよ。しかも、ayanoguchiayaのお客さんがマオちゃんの作品を購入したり、マオちゃんのお客さんがayanoguchiayaの服をオーダーしてくれたりという嬉しい相互作用もありました」

 マオさんもまた、「絵だけで完結するものというより、よりたくさんの人に届いていってほしいと思っているんです。自分でもその方法を探していたから、お洋服に落とし込まれているのを見て、すごく嬉しかったですね。着ている人の周りや、たまたま道をすれ違う人にも喜びの粉がかかるっていう、そういうイメージが浮かびます」とそう話す。

 

 

お互いの中にあるものが混ざり合う

コラボレーションの醍醐味

 

 そしてこの10月に発表される新しいコレクションで、2人のコラボレーションの第二弾が実現する。前回は秋冬のコレクションだったが、今回は春夏のコレクションということもあり、これから訪れる春の喜びに溢れ、マオさんの言う「喜びの粉」がさらに軽やかに舞い散るような、心躍る洋服が並ぶ。

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「今回コラボレーションした作品は、7個の花が横に並んでいる絵なんです。花が咲き誇っているような、花束とか花畑的な雰囲気も感じられて、マオちゃんの創作テーマのひとつである祝福の喜びがとても伝わってくるものです」とアヤさん。

 絵のタイトルは「予祝」。聞き慣れない言葉だが、これから訪れる幸せを事前にお祝いし、その未来を引き寄せるという、日本古来の文化や習慣で、この言葉をマオさんが知ったのは、ちょうどその絵を描いているタイミングだったそうだ。

「いつも、今、今を祝福しているけど、この絵は、もうちょっと遠くの未来を見ているんです。予祝って、予め祝うことですよね。その言葉を知った時、もっと広い範囲で、祝福することの意味を初めて考えながら描いたんです。絵を描くことを通して、自分はこれから出会う人たちの予祝をしていることなのかもしれないと思ったんです。そしたら、なぜか海の景色が見えて、南の方、瀬戸内とかあたりの、暖かいイメージが浮かんできたんです。だから少しそういう色味も入ってきています」

桃色と水色の柔らかい光と色使い、そこに透け感のある優しい生地が重なり、揺れる。アヤさんとしても、輝く季節の訪れを祝うそのイメージは春夏のコレクションにぴったりだった。その咲き誇る花々が次々に共鳴していくイメージが膨らみ、キャミソールワンピにもなるスカートに、ユニセックスな開襟シャツ、そして涼しげなパンツが生まれた。そこにマオさんが描く花々が踊るのだ。

アヤさんは言う。

「私自身、25年以上服作りをしてきていますが、この数年間はアートギャラリーを始めて、マオちゃんをはじめ、いろんなアーティストの方々と出会う機会があるんです。アーティストさんと話して、ものづくりに対しての姿勢や想いを聞くと、それがまた自分の創作への刺激にもなります。そしてコラボレーションすることで、お互いの作品の価値をより高めながら、新しい表現が生まれてくる。それがとても嬉しいんですね。こういうアートに近づいたものづくりを通して、私自身、楽しく変化してっていると思いますね」

 それを聞いてマオさんもこう話す。

「私も、人とものづくりができることは一番の喜びです。言葉で交わすだけでなく、ものづくりを通してお互いの一番深いところにあるものが混ざり合う感じがすごく幸せなんです」

 まさしくayanoguchiayaとのコラボレーションはそのものだった。決してひとりだけでは作り得ないもの。しかもどちらもが自身の表現に真摯に向き合っているからこそ、そのふたつが重なる時、豊かな広がりが生まれるのだ。

自分の絵とのコラボレーションで生まれたayanoguchiayaのシャツを羽織ったマオさんは、嬉しそうに、「これが地球のユニフォームになったら幸せじゃないですか!」と声を上げた。

「そしたら未来はもっと明るくなるね」とアヤさんが頷く。

 すでに私たちは祝福されていて、そういう今を生きている。そういうふうな心で生きることがまたその先の未来に幸せを呼ぶ。そしてそれがまた周りにいる誰かを幸せにする。その現象こそ、コレクションタイトルにある「Bloom Echo」という言葉に相応しい。

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アヤ

「マオちゃんはこれからさらに進化していくと思うんです。またその先で、一緒に何かできたらいいなと思っています」

マオ

12月のシソンギャラリーでの個展では、今回、沖縄で感じたことが出てくると思います。どんなものが生まれるか、自分でも楽しみなんです」

 

 

聞き手と文:川口美保

写真:チダコウイチ