Meet the Artist

2025-07-20 15:27:00

目の前のものを愛してまっすぐに描く、二十歳のまなざし  SOTA YOSHIDA  吉田草太/画家

福岡のアトリエから、まだ見ぬ世界の誰かへ向けて。どんな日も、好きなものだけを描き続ける。

 

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[水彩絵の具で描かれた猫]

吉田草太さんは、福岡在住の二十歳のアーティストだ。この夏、SISON GALLERyで約2年ぶりの個展を開くにあたって、私は東京で彼に会い、直接話を聞く機会を得た。初めてお会いした草太さんは、にこやかな表情がとても印象的な青年だった。話をするのはあまり得意ではないと事前に聞いていた通り、決して饒舌ではなかったけれど、ゆっくりと言葉少なに、私の質問にひとつひとつ応えてくれた。

インタビューに入る前に、草太さんは一枚の絵を私にプレゼントしてくれた。そこには私が飼っている猫の姿が水彩絵の具で描かれてあった。私がInstagramに投稿した写真を見ながら描いてくれたというその絵は、写実的なものではないのに、どこからどう見てもうちの猫だったので本当に驚いた。一度も会ったことのないはずの猫なのに、そこにはその猫のその猫らしさがまっすぐに捉えられている。一枚の写真だけを元にして、どう見たらこんなふうに描けるんだろう。彼の見る力はどのように生まれて、どこから来ているんだろう。目の前の草太さんに対する興味と感動が、私の中でますますふくらんでいった。

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[白鼠絵画教室]

小学校に入学したころの草太さんは、図工の時間が苦手な子どもだった。当時は腕の力が少し弱かったこともあり、すっと伸びるまっすぐな線を描くことがなかなかできなかったのだが、それを見た小学校の先生は、ダメなところ、直すべきところを指摘した。草太さんが描いた絵の草太さんらしさを、先生は認めてくれなかった。そんなことが続くうちに、草太さんはだんだんと学校で絵を描くことに対して苦手意識を持つようになってしまった。母親の亜貴さんは、このままでは絵を描くこと自体が嫌いになってしまう、という危機感を覚えて、草太さんが小学校2年生のときに、友人を通して知った絵画教室の扉を叩いた。それが、白鼠絵画教室の藤井裕さんとの出会いだった。

白鼠絵画教室は、2011年、作家の藤井裕さんが「楽しんで絵を描き絵画に触れることが出来る教室」を目指し、自身のアトリエを開放して始めた絵画教室だ。スタート当初は生徒がわずか二人だけという落ち着いた環境で、草太少年の月に一度の教室通いが始まった。藤井先生は、草太さんが描いた絵を見て「すごくいいね!」と誉めてくれた。みんなで動物園に行って描いたライオンのスケッチを見せたときも、先生は「すごくいい!」と喜んでくれた。心から言っているかどうかは、先生の顔と声でわかる。いつの間にか絵画教室は草太さんにとって月に一度の楽しみになり、自由に絵を描くことの喜びを実感することが増えていった。

亜貴さんはそんな草太さんの変化をうれしく思いながらも、草太さんの絵に特別な才能めいた何かがあるとは感じていなかった。この絵はすごくかわいいな、すごく好きだな、と思うことはあっても、それは親が自分の子どもの絵を見ていいなと思う一般的な感覚であって、芸術的な何かに因るものではない、と。けれど、草太さんの周りのアーティストたちの評価はそうではなかった。

描いた絵に水彩絵の具で色をつけるようになると、藤井先生は「草太くんが描く線は、草太くんにしか書けない独自のものがある。水彩絵の具を使うときに筆に水をたっぷりと含ませて描くところも素晴らしい」と賞賛し、まだ小学生だった草太さんを才能あるひとりの画家として尊重してくれた。中学生になっても、高校生になっても、藤井先生はずっと草太さんの横で、草太さんの絵に感動し続けてくれた。二十歳になった今でも、草太さんは藤井先生の絵画教室に通い続けている。

 

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DEE’S HALLでの初個展]

藤井先生を通して出会った陶芸家の小前洋子さんも、草太さんの世界を広げてくれたアーティストの一人だ。「草太くんの絵はデフォルメされていて面白い。伸び伸びしていて、純粋で、明るい絵。草太くんは、ずっと変わらず草太くんの世界の中で描いていけそう」。そう言って草太さん独自の世界を評価した小前さんは、今は無き南青山のギャラリー、DEE’S HALLを営む土器典美さんに引き合わせてくれた。こうして、土器さんと草太さんとの交流が始まった。

土器さんは草太さんの絵を見るたび、その素直さ、明るさ、楽しさ、ユーモアを「面白いねぇ」と何度も褒めてくれた。まっすぐに草太さんの目を見て、「うちで展覧会をやってみない?」と土器さんが告げたのは、出会ってから数年後のことだった。

「前から草太くんの絵で展覧会をしたら面白いだろうなぁと思っていたんだけど、展覧会を開催するということは作家に対して責任を持つということなので、未成年の草太くんにどう対応していいか分からなくて……。それでも、原画を見たら、やっぱりやってみたくなってしまったのよね」

こうして、草太さんは20203月、土器さんの元で人生最初の個展を開くことになる。

 わずか15歳にして、初めての個展、しかも東京で。DEE’S HALLでの未成年の個展は前例がなく、20203月といえばコロナウイルスによる緊急事態宣言が出る直前であり、全国的に緊迫感が広がっていた時期である。何もかもが初めてで、不安要素を数えだすとキリのない状況だったけれど、いざ始まると会場には草太さんが想像していた以上に多くの人が集まり、200点以上も準備した草太さんの絵は、次々とお客さんの手に渡っていった。土器さんによる展示作家の選考基準は「その作品を生活空間に置きたいと思うかどうか」。日常生活が危ぶまれる暮らしの中で、文字通り、実に多くの人が喜びを持って草太さんの絵をそれぞれの生活空間に迎え入れることとなったのだ。

 

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「初めての東京はすべてがびっくりすることばかり。ひとりで何枚も絵を買ってくれる人もいたりして、とても驚きました。たくさんの人が自分の絵を喜んでくれて、すごく嬉しかったです」

 初めての個展が大きな話題を呼んだことで、草太さんの名前はより広く知られるようになった。東京、福岡、神戸と様々な場所のギャラリーから声をかけられ、その後の3年間で、7回の個展を開催。福岡のアパレルブランドVéritécoeur(ヴェリテクール) のオリジナルのテキスタイルの製作、イタリアのラグジュアリーブランドMARNI(マルニ)の百貨店でのイベント「マルニマーケット」でのソフトクリームのイメージヴィジュアルを担当、アルゼンチンの音楽家、カルロス・アギーレとフアン・キンテーロのデュオアルバムのジャケット画を手がけるなど、絵の仕事の依頼も次々届くように。こうして草太さんの世界は、草太さんの絵を媒介にして、外側に向かってどんどん大きく広がっていった。

 20241月、土器さんは惜しまれながらも帰らぬ人となり、生前に声をかけてもらっていた「灯台」をテーマとした合同展は叶わぬものとなってしまった。草太さんには、画家として生きる道を切り開いてくれた先達とのかけがえのない出会いがいくつもある。土器さんは、間違いなくそのうちの一人だった。

 

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[毎日絵を描く]

草太さんは、必ず毎日絵を描く。気に入っているのは、ワトソン紙とホルベインの透明水彩絵具。窓の外が暗くなった頃、大好きなディズニーの音楽をスピーカーで流しながら、頭を空っぽにして、まずは1枚。気分が乗る夜は3枚、4枚と、筆の赴くままに描いていく。いちばん好きなのは、絵に色を塗る時間。特に好きな青色は、絵の具の減りが早い。

「色を塗ることで、絵に命が宿るような感覚がある。それがとても楽しいんです」

描いた絵は、必ず毎日一枚、自身のInstagramにあげる。これは中学校に上がったころからずっと続けている習慣で、疲れている日もあるし、気が乗らない日もあるけれど、よほどのことがない限り、絵を描くことは一日も休まない。どうしてそこまでして毎日続けているのですか?と草太さんに聞くと、「少しでも休むと、そのぶん見てもらえる人が減ってしまうから」ときっぱりと答えた。 

草太さんには、今でも忘れられないできごとがある。それは、2回目の個展を開催したときのこと。草太さんに話しかけてきてくれたその人は、病気を患っており、もうすぐ手術を受ける予定があるのだという。 

「草太さんの絵を見ると、しんどいときでも、ちょっと元気が出るんです。手術、がんばれそうです」。

 自分の絵を見て、元気がでる人がいる。草太さんはそのことに驚いた。「絵を描く」という行為が、自分ひとりのものではなくなった瞬間だった。

 このときの会話を片時も忘れたことがない草太さんにとって、絵を描くことは、まだみぬ世界の誰かに絵を届けることであり、その人を応援することでもあるのだ。描き続けることで、もっともっとたくさんの人に自分の絵を届けたい。自分の絵を見て「今日は頑張れそうだな」と思ってもらえたら、明るい気分で一日を過ごしてもらえたら、こんなに嬉しいことはない。だから、草太さんは休まない。

 

[描くのは、好きなもの]

草太さんが描くのは、草太さんが好きなもの。草太さんがかわいいと思うもの。SNSで見かけた犬や猫、一緒に暮らしているうさぎ、動物園や水族館で会える獣たち、美しく自由な草花たちや、身の回りのにぎやかな雑貨など。機械などの無機質なものや構造が複雑なものに対してはあまり食指が動かないようで、「やっぱり、可愛いものが好きですね」とはにかみながら答えてくれた。

 

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ご自身の作品の中で、特に印象に残っている絵はありますか?と聞くと、草太さんはラッコのリロの絵の話をしてくれた。

ラッコのリロは、福岡の水族館「マリンワールド海の中道」で飼育されていたラッコで、日本で飼育されている3頭のラッコのうち、唯一のオスのラッコだった。リロが大好きな草太さんは、足繁く通ってはリロの写真を撮り、家に帰ってはリロの絵を描いていた。ところが20251月、17歳という天寿を全うし、リロはこの世から姿を消してしまった。草太さんは悲しんで、たくさん泣いた。いちばん気に入っているリロの絵は、ラッコプールの前に設けられた献花台にお供えすることにした。リロはもうこの世にいないけれど、草太さんが描いた絵の中のリロは、ずっとかわいいまま、ぷかぷかと水面に浮かんでいる。その絵はもう手元には残っていないけれど、草太さんにとっては永遠に特別な一枚だ。

 

 [変わること、変わらないこと]

 草太さんは現在、地元の大学の芸術学部に通いながら、シルクスクリーンや版画、立体作品、ビジュアルデザイン、イラストレーションなど、たくさんのことを学んでいる。新しい技術を習うと、さっそく家でも試してみる。アクリル絵の具で絵を描くことも増えてきた。ずっと続けてきた水彩画も変わらず大好きだけれど、新しい表現も楽しくて仕方がない。

いつのまにか、絵を描き始めてもうすぐ12年になる。周りからは「絵が大人っぽくなってきたね」「線や色使いが変わってきたね」という声をよくかけられる。12年も経てば画風が変わることは自然なことかもしれないけれど、草太さん自身は意識して描き方を変えたこともないし、自分のどこが変わったのかもピンときていないから、なんとも不思議な気持ちになる。自身の変化に対しては、いたって無自覚なのだ。

 

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国内は沖縄から北海道まで、国外はアジア、アメリカ、ヨーロッパまで。小さな頃から、草太さんは家族と一緒にたくさんの旅を重ねてきた。アート的な視点から特に魅了された国はスウェーデン。ストックホルムの街並みの色使い、海に白鳥が浮かんでいる様子など、心に残る風景にたくさん出会った。青森の十和田市現代美術館も強く印象に残っているという。それでも、「旅先で見たもの、聞いたものから創作活動が影響を受けたことはありますか?」と聞くと、「特にないと思います」と答える。

たくさんの場所に行って、たくさんのものを見る。たくさんの技法を学び、それを使って新しい絵を描き続ける。時を経て、年齢を重ねる。それでも、草太さんの絵は、草太さんにとってはいつも通り、今まで通りだ。草太さんは今日も淡々と、飄々と、自分が好きなものを描き続ける。

変わることと変わらないことの間には、いったい何があるのだろう? よくわからないまま、草太さんは今日も筆を持つ。

 

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[愛して、見つめる]

草太さんの線は、やさしくゆらぐ。草太さんの色は、穏やかに調和する。草太さんは、自分が見たもの、好きなもの、かわいいと思ったものだけを見つめて描く。そのまなざしは、真剣で、切実で、あまりにもまっすぐだ。草太さんの絵を見ていると、自分の中の硬い部分がだんだんと柔らかくほぐれていくような心地よさを覚える。その穏やかな心地よさは、見る人の毎日をやさしく支えてくれる。

「画家は自分のすきなもの、愛しているものをよく絵に描くんです。

愛しているところに美があるからなんです。

愛情と美は はなれることができません。」

 と言ったのは、画家の猪熊弦一郎だ。私は草太さんの絵を目にするたび、いつもこの言葉を思いだす。草太さんの絵の素直さ、明るさ、楽しさ、瑞々しさ、ほのかなユーモア。そのすべてが、草太さんの愛情にしっかりと紐づいているのを感じる。私の家の猫たちも、たとえ一度も会ったことがなくても、写真を通して確かに草太さんに愛されたのだと思う。だから、いただいたあの絵はあんなに美しくて愛らしいのだと思う。草太さんの絵は、本当にかわいくて、本当にやさしい。

 

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[芽吹きつつある]

20258月、SISON GALLERyで行う個展のタイトルは、“Budding”に決めた。「芽吹きつつある」という言葉の中に、比喩的に「新進の」という意味も含まれる、たくさんの引き出しを持つ言葉だ。前回の福岡での個展のタイトル“Seeding(種まき)”から続いているタイトルでもあり、草太さんの中で少しずつ何か新しいものが育ちつつある様子が窺える。

額装された水彩画や、キャンバスに描かれたアクリル画のほか、小さなサイズの水彩画は150点ほど並ぶという。毎日描き溜めてきた草太さんの作品がSISON GALLERyいっぱいに芽吹くさまはいったいどんな光景になるのか。想像するだけで心が躍る。

 

「もし絵を買ってくれる人がいたなら、ぜひ家の玄関に飾ってもらえたらいいなと思います。毎朝、家を出る前に僕の絵を見て、今日も一日元気で頑張ろうって思ってもらえたら、とても嬉しいです」

 

 

text by Sakura Komiyama