Meet the Artist

2025-05-30 21:00:00

Twilight, Midnight, till Dawn KARIN 残照、真夜中、夜明けまで。 花梨/コラージュアーティスト、モデル、俳優

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<夜の時間>

「夜をテーマにしようと思いながら、今、作品を作っています」

 

 新緑の頃、シソンギャラリーの庭に春の光が注ぐ中、今回の個展のテーマはどんなものですか?と訊ねると、花梨さんは、彼女が書いている途中の絵本か短編小説のストーリーの一部を物語るように、話を聞かせてくれた。

 

「たとえば、『よあけ』という絵本は、今回の夜のイメージにしようと思ったときに、最初に思い浮かんだ本です。いつもふと開いて読む、手に取って見る本のひとつですが、もともと私が幼い頃に、母が読み聞かせてくれていた絵本のひとつです。読み聞かせてくれた絵本はすべて私の一部になり、私の記憶の情景となっているので、自分の絵や作品に影響します。そういう大好きな絵本も、参考にしています」

 

ユリー・シュルヴィッツの『よあけ』。まわりを山に囲まれた湖。鳥がさえずる前の、夜の終わりの静かな時間。木の小舟に孫を乗せ、祖父はオールを漕ぐ。やがて辺りには薄明かりがさし始め、水面に靄が立ち、カエルが水に飛び込む音が響く。刻々と変わっていく夜明けの風景が、ページを繰るごとに描かれる絵本の古典だ。

 

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「夜といっても、いろんな色がありますよね。たとえば日暮れの後の濃い青も夜だし、新月の夜の濃い闇の夜もある。『よあけ』に描かれている、朝に向かって次第に明るくなっていく空の色も夜の一部。夜にはいろんな色彩がある。日暮れから翌朝まで、夜のグラデーションは刻一刻と変わっていく。夜は私にとってファンタジーの時間でもあるんです。夜は、どこか別の世界に繋がっているような気がするから」

 

「日が暮れた直後の時間を、残照(ざんしょう)と言いますよね。いなくなった太陽が残していった青の色が、まだ空にある時間。ちょっとグレーがかったブルーの空。太陽は地平線の向こうにすっかり落ちて、だんだん暗くなるんだけれど、西の空にはまだ光が残っている。反対側の東の空からゆっくり夜が降りてくる。東の空は、濃いピンク色から淡いブルーに、やがて濃い青に変わっていく。そんな時間の空の色がすごく好きです」

 

「残照の時間は、人間の世界と魔界との、境界の時間のようにも思えます。完全に夜になって、辺りが真っ暗になると、魔の力は最大になる。やがて朝が近づいてきて、明るくなってくると、魔界の力は弱まり、人間の力がまた戻ってくる。まだきちんと文字にはできていないんですが、そういう夜の物語が私の中にはあって、今回それを作品にしています」

 

「月の光を準備している人の話とか、月の光の雫を拾う話とか。創作するときは、自分の中にある言葉と一緒に絵を作っていく感じです」

 

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  これが、花梨さんがこの春に聞かせてくれた話。それから二ヶ月ほど経ち、今は初夏。シソンギャラリーでもうすぐ花梨さんの個展が始まる。

 

 

<コラージュアートとの出会い>

花梨さんの両親はデザイナーで、祖父は現代アートのコレクター、祖母も絵が好きな女性だったという。

 

「まわりに、芸術好きな人が大勢いました。親戚が集まると、みんなでアートの話をしたり、一緒に絵を描くなんてこともありました。だから私も、小さい頃から絵を描くのが好きでした」

 

「父の仕事の関係で、父と母はドイツに住んでいたんですが、母はそこでシュタイナー教育と出会ったんですね。日本に戻って私が通ったのがシュタイナーの幼稚園で、そこで自由にいろんな絵を描く楽しみを知ったと思います」

 

「私の家は、テレビ禁止でした。両親が買ってくれた絵の具とスケッチブック、絵本と児童文学の本、積み木や木製のオモチャが、子供の頃の遊び相手でした。外で遊ぶのも大好きで、木登りしたり、公園を駆け回っていました。外で触れる樹木や草花、目にする鳥や動物と、絵本の中の世界が合わさって、ファンタジーの世界に生きていました。この世界には妖精や魔女が本当にいると信じていましたから。今もそう思っていますけれど。私はとにかく好奇心旺盛だったので、(家で観ていない)テレビ番組の話題にも、なんとかついていっていたように思います」

 

 「中学の頃はよく図書室に行っていました。ケルト神話とかイギリス文学などを読みあさっていて、同じように文学好きの友だちと本について語り合ったり。図書室の先生、友だちとの時間を、よく覚えています。今もその頃の友人たちと仲が良く、会って本や映画の話をします」

 

「中学生くらいのときには美大に行きたいなって考え始めていました。高校生のとき、授業で出された課題のひとつがコラージュでした。私は、フィリップ・K・ディックの有名なSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』をテーマに作品を作ったんですが、それを先生がすごく褒めてくれた。コラージュ自体は以前から、中学生の頃からやっていましたが、褒められたことで背中を押されたような気がします。自分の絵と、すでにある写真や他の絵などと組み合わせ、ひとつの別の世界を生み出すコラージュという技法が、とても面白いと思いました。以来私はずっとコラージュアートを作り続けています」

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<作品が生まれるとき>

「私がコラージュ作品を作るとき、まず描いてみようではなく、しっかり物語ソースと構図、ラフ画を作ってから着手します。今、即興性と計画性のバランスをどうするのがいいか、何が合っているか?をすごく考えていて、正解は、展示して絵を見ないと私もわからないという境地にいます」

 

「コラージュの面白みというのは、ミックスメディアであること。すでにあるものを違うものに置き換える、その物の概念を変えていくという面白い作業なのですが、そこで扱うメディアを考えすぎてしまっている時期があって、そのときはなかなかうまく作れませんでした。だから、(計画なく)どんどん衝動的に作っていく人に憧れます。私はすごく計画してから絵を描いていくので。アナログで素材を作り、デジタルに取り込み、調整し、アナログに戻る、という三段階を経て自分の作品にしていきます」

 

 <好きなもの「旅」>

「休みが少しまとまってとれそうだな、とわかると、パッと旅に出ます。この前は、インドに行ってきました。

バラナシとジャイプール。親しいヘアメイクさんがインドへ行くと言っていて、同じタイミングで1週間だけですが、ポンッと空きができたんです。インドには憧れがあり、ずっと行きたかったし、最初に行くとき現地に詳しい友人と行けたらいいなと思っていました。だから、あ、今、インドに行こうって」

 

「私は、旅に出るとき、事前に計画をきちんと立てる方ではありません。計画を決めすぎない旅が好きというか。決めすぎると、それをしなくちゃいけないって考え始めて、それで疲れてしまうので」

 

「旅は、自分のインスピレーションの栄養になるものだと思います。旅をしているあいだは気づかなくても、家に帰ってきてから、その旅が自分の中に広がったり、心の深いところに響いたりすることもあります。旅とは、行く前、準備しているときに始まっているし、家に帰ってきた後の余韻も、旅の一部だと思います。その余韻が長く続くと嬉しい、楽しいですね」

 

「行きたいところはいつもたくさんあります。今は、北欧に行きたいし、クロアチア、ギリシャ、ジョージア、トルコ……。東と西が出会うところ、文化や歴史がミックスしている場所には、いつも心ひかれますね」

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<好きなもの「大島弓子」>

「大島弓子は昔から大好きです。家ではテレビもマンガも禁止でしたが、大島弓子は母が好きで、家にありました。大島弓子のマンガに出てくる女の子になりたいという憧れがありましたね。大島弓子の、ときに詩的な、散文的な文章に、強い影響を受けていると思います。大島弓子の作品は、今でもよく手に取ります」

 

 <好きなもの「エルサ・ベスコフ」>

「好きな絵本はたくさん、影響を受けた絵本作家や画家は何人もいます。アトリエの壁にはマティスのポスターが貼ってあるし、たとえばエルサ・ベスコフの絵が大好きで、よく絵本を手に取って見ます。ベスコフはスウェーデンを代表する絵本作家、イラストレーターで、花や植物が擬人化された絵のタッチで知られています。彼女の絵の世界は、そのまま私が子供の頃から空想していたワールドなんです。自意識が芽生える頃からベスコフの絵本を見ていたので、現実の世界で樹や草、花を前にすると、それらがみんな自分と同じ感情を持っていて、今にもしゃべり出すような気がしていました。それは、実は今も変わりません」

 

<好きなもの「音楽」>

「音楽も、私にとってなくてはならないもののひとつ。前はライブにもよく行っていましたが、最近は行く回数が少し減っているかな。今よく聴いているのは、エレクトロニカ、激しくないテクノ、自然環境音を使ったアンビエントものとか。たとえば、LAの老舗レーベルが出した、Anna Roxanneのアルバムとか、よく聴いていますね」

 

<コラージュするライフ>

  大島弓子の『バナナブレッドのプディング』、イシュトバン・バンニャイ『Zoom』、Anna Roxanneの、『Because of a Flower』、リコーのカメラGRⅢ、ピアス、サングラス、旅すること、妖精の存在を証明すること……。彼女が好きなことや気になることはほかにもたくさんある。

 

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レコーダーに録音した花梨さんとの対話をあとから聞き返していると、まるで言葉と話のコラージュのように感じられる。いろんな話に飛び地して展開し、広がって、でもどれも関係し合っているし繋がっている、というか。花梨さんの(少なくとも今の)日々や人生は、コラージュライフのようだな、と思ったり。彼女の個展が、とても楽しみである。 

 

text by Eiichi Imai

 

photography by Mariko Kobayashi