Meet the Artist

2025-04-16 11:30:00

THE SOUND OF DISTANCE YOKO TAKAHASHI 高橋ヨーコ/写真家

<被写体との距離感>

 

 高橋ヨーコさんに、今回のシソンギャラリーでの個展について話を聞くと、展示予定の写真は、1990年代から最近までの中からセレクトしたものだという。

 

「いくつかの場所のものたちです。いろんなところですね。場所や年代で選んだわけではなくて。しばらくの間、被写体との距離感について考えていたんです。写真の距離感というか。撮る私と被写体とのディスタンス。まったく違った時代に、違った場所で撮った写真を並べて見たときに、「あれ、距離感が同じ?」と感じることもあって。それで今回タイトルを、ザ・サウンド・オブ・ディスタンスとしたんです」

 

 マサチューセッツ。自転車で隣町に行く時に撮ったもの.jpg

マサチューセッツ。自転車で隣町に行く時に撮ったもの

 

「背景も時も違うのに、同じ距離感で撮っているなって思う写真がたくさんあった。もちろん、距離感がまったく異なる写真もたくさんあります。一度距離感をテーマにした展示はやってみたいと思っていたので、今回そうしようと」

 

「音楽を聴く感じにちょっと似ているかも。たとえば、音をよく聴きたくて前の方に出ていったり、逆にちょっと離れたところで楽しみたい音楽もありますよね。同じ音楽でも、イヤフォンで聴くのと、運転する車の中で流しているのとでは、印象は違う。そのときの自分の気分も大いに関係するし。遠くで流れているのを聴ききたい気分のときもあれば、近くで音をたっぷり浴びたいときだってありますよね」

 

「たとえばバスターミナルを撮るとき。東欧の古いバスターミナルは、デザインも建築も独特なんです。すごく広くて大きい。白っぽい光。全容を撮ろうとしてどこか後ろに引いて撮る。一方、ベンチに座っている人にすごく引きつけられて、こっそり、ゆっくり近づいていく。撮るときの距離感がいろいろある」

 

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 トランスニストリア(沿ドニエステル共和国)

 

「昔、周りからよく、ヨーコは鼻で写真撮っているね、って言われていた。実際に、知らない場所でも知っている場所でも、どこかへ行くと、匂いをかいで、あっちに行ったらなんか面白そうなものがありそうだぞって、そんな具合に匂いをかぐようにして動いて撮っていた」

 

「戌年だからって言う人もいたけれど、とにかく鼻を利かせて写真を撮ることは多かったかも。今も旅先ではくんくんしますよ。とはいえ、基本的に臆病者なんで、あんまり被写体に接近はしないですけどね。そうっと近づいていって、聞き耳を立てて、もうちょっと大丈夫かな、みたいな感じ(笑)。だんだん精度は上がっている感じがします」

 

<家を出たい少女ヨーコ>

 

 高橋ヨーコさんは、どんな子供だったのだろう。たとえば絵を描く、何かを作る、というようなことが好きな子供だったのか。あるいは外で遊ぶのが好きだったのか。そのような質問をすると、ヨーコさんは、ちっちゃい頃からずっと「一刻も早く家を出たいと思っていた」と言った。ちっちゃい頃から? 「そう、4歳か5歳くらいのときには家をどうやって出るか考えていましたね。早く一人になりたいと思っていたので」

 

「父は研究者でした。生まれる前まで、両親と兄はアメリカに暮らしていたんです。母は一度日本に帰ってきて自分を産み、今度はドイツに引っ越すという話でしたが、急きょ別の仕事先が見つかったらしく京都に住むということになった。だから京都でずっと育つわけですが、とにかく家を出たくてたまらなかった。早く一人暮らしをしたい。厳格な両親だから、子供には家の居心地が良くなかったんでしょうね。だから親に内緒で神奈川の大学を受験して合格した。最初は、そんなところ絶対行かせない、って両親からは強く言われましたが、最終的には折れてくれました。それ以来、けっこう引っ越しの多い人生になりましたね。サイトとかで不動産や物件を見るのが大好きなので。笑」

 

<旅の話、その1>

 

 高橋ヨーコさんは、2010年から10年近く、アメリカに暮らしていた。北カリフォルニアのバークレー、マサチューセッツ州の大西洋に突き出た小さな半島の先っぽの港町、そしてサンフランシスコ。

 

 

「一度、海外に暮らしてみたいという気持ちがありました。自分のことを知っている人が誰もいない街に。撮影で西海岸には何度も行っていたけれど、LAはクルマ社会だから、ちょっと違うかなと思っていたら、知り合いから、バークレーはいいサイズのタウンだよって聞いて」

 

アメリカ中を旅している時にいろんなところで撮った愛車のブロンコ.jpg

 アメリカ中を旅している時にいろんなところで撮った愛車のブロンコ

 

「アメリカに暮らしているときは、たくさん旅していましたね。ちょっと休みができれば、車で1週間、2週間とか走るんです。気に入った中古車を買って、メンテしながら乗っていて、素晴らしいその相棒は、最終的に日本に連れて帰ってきて、今も一緒です。アメリカ中を何百キロ、数千キロ、という感じで移動しましたね。アメリカにいるときが一番よく旅していたかも。南部、北部、真ん中、東部、全州は走破していないかもしれないけれど、それに近い感じだと思います。車に撮影機材と、寝袋とかキャンプ道具一式を積んで」

 

「バークレーからサンフランシスコに引っ越して間もない頃に、たまたま仕事で一緒になったフードスタイリストのようなことをやっている人から、アフリカに一緒に行かないか?って訊かれたときがあって」

 

「彼女は、マリ共和国に小学校を建てるためのNPO活動をしていた。あるときそのNPOに寄付をしたんです。そうしたら、一緒に来ないかって。100%ボランティアです、渡航費から何もかもすべて自分持ち。おまけに事前に注射を何本も打たなくちゃいけない。それで、いろんな教科書、古書、まだ使える文房具とか、持てるだけ持って行った。彼女からは、自由にしていていいけど写真は撮って欲しい、と言われた。村には幼い子供が大勢いるんですが、親のいない子供も多く、彼らの記憶になるよう写真をたくさん撮って欲しいと。こういう誘いがあると、すぐ「行く!」って言っちゃんですよ。せっかく誘ってくれたのだから、まずは行ってみようと。いつもだいたい、あまり細かく考えずに行動しちゃいますね。すごく遠かったですけど」

 

<旅の話、その2>

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 アフリカのマリの小学校にて

 

「そのボランティアで行ったマリ共和国で、あるアメリカ人と知り合ったんです。彼女はそのときちょうど、ハウスメイトを探していて。場所が、マサチューセッツ州のかなり端っこの方にある家で、期間は半年くらい。端っことか大好きなんですよ。それで3秒後には「ハウスメイトやります!」って手を上げていた。実はサンフランシスコの家を借りたばかりだったけれど、まぁでもサブレットに出せばいいかって思って。これもほとんどその場の思いつき(笑)」

 

「それで、アフリカからカリフォルニアへ戻り、車に撮影機材、プリンター、半年くらいの生活のものあれこれ、自転車などを全部積んで、西から東へアメリカを横断しました。このときの移動がけっこう楽しかったですね。あえて156時間しか走らないと決めて、かなりゆっくり時間をかけて東海岸へ向かったんです。たくさん寄り道しました。ネブラスカの方に古いデイリークィーンがあると知って、店の写真を撮るためだけにその町に寄ったりとか。あちこち寄り道して、遠回りしながら東海岸へ向かいました」

 

旅を共にした車 ブロンコ.jpg

 旅を共にした車 ブロンコ

 

「ハウスメイトの家は、マサチューセッツ州の小さな半島で、ケープコッドというところにありました。アメリカのニューカラーの大御所写真家ジョエル・マイヤーウィッツの有名な写真集『CAPE LIGHT』の舞台になっているリゾートタウンです。マイヤーウィッツは今もその辺りに住んでいるらしくて。ただ、その写真集とそこへ行ったのは無関係で、それは後から知ったくらいで。地図を開いて見るとわかりますが、ほんとうに端っこにあるスモールタウンなんです。目抜き通り一本くらいの。西の果てとか東の果てとか、そういう場所にひかれるんですよね。半年間くらいいましたが、居心地がすごく良かった。本当に気持ちのいい日々でした。今回の写真展にも2点、そこで撮影した写真があります。本当に気持ちのいいところで、夢のような時間を過ごしました。そこを旅立つ日はちょっぴり悲しくなったのを覚えています」

 

マサチューセッツのcape cod で暮らしていた家の母屋.jpg

 マサチューセッツのcape codで暮らしていた家の母屋

 

<旅の話、その3>

 

「旅が好きというより、撮りたいからそこへ行くんだと思います。あるいは、撮りたくなるものに出会いたいから出発する、というか。自分が見慣れていない風景、初めて見る景色とか、実際に自分の足で行ってみないと真実はわからないですよね。でも、撮影しなければ行くことはないと思うから、やはり撮るための旅なんだろうなと思います」

 

「旧ソビエトの国や共産圏を旅して撮影するようになったのは、最初、ずっと鉄のカーテンで見ることができなかったものを見せてもらえると思ったから。その旅は、過去をのぞき見しているような感覚もあって、面白くて。私はバス・ターミナルとか、駅とか大好きなんですが、旧共産圏のそういった場所には独特の光、色、気配があって、撮影がとても楽しかった。そういった場所への撮影の旅は今も続いています」

 

「基本ひとり旅で、現地のバスや列車など公共交通機関に乗って移動して、あとはひたすら歩き回って、撮る。パブリックの乗り物が大好きなんですよ。観光はしないし、美味しいものを特に食べるわけでもなく、カメラを持って、鼻をクンクンさせて、徒歩で移動しながら人や町を観察する。そして、撮る。カメラを持っていなかったら旅をしないとまでは言えないけれど、でも、カメラを持たずに旅をするのは想像できないです。ある意味で、撮りたいものに出会いたいから仕方なく旅をしているというか。まぁでも、旅はやめないでしょうね、これからも」

 

アトリエにて.jpg

 アトリエにて

 

今回の写真展は、過去30年間くらいにヨーコさんが旅した場所の写真たちだ。個展のため、膨大な写真をふり返ったと思うが、過去に自分が撮った写真を見ていて、懐かしく感じたりするのだろうか。

 

「懐かしむというより、もう一度旅をしている気持ちになりますね。昔は暗室でプリントしながら、今はテストプリントした写真で仕事部屋の壁を埋め尽くして、それらの写真を見ながら、そうやって何度も旅ができるっていいなと思います。昔の写真を見て選びながら、そのときの場所、時間をもう一度旅している感じ。いろんなことを思い出すし、昔撮った写真をふり返るのは楽しい時間です。懐かしさより、また旅をしている気持ちになっている」

 

 

 ※この記事内に掲載の写真は、展示作品とは異なります。

 

text by Eiichi Imai

photography by Yoko Takahashi