Meet the Artist

2025-02-19 21:03:00

PAINTNG IN HIDEAWAY KIYO MATSUMOTO 隠れ家のようなフィンランドの森で。 松本妃代/fairytale painter、俳優

<フィンランドの森で、living like a local

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松本妃代さんは、昨年(2024年)の9月から3か月ほど、北欧フィンランドに滞在していた。3か月というと、1年の4分の1だから、けっこう長い期間だ。拠点はずっと同じだったそうなので、それは旅行というよりも、短く「住む」という感じだろうか。

 フィンランドは美しいところだ。「森と湖の国」と呼ばれ、ムーミンやスナフキンがいる。アキ・カウリスマキもいる。サンタクロースの故郷があり(ロヴァニエミ)、サウナを愛する人々が暮らしている。コーヒーとシナモンロールがとっても美味しくて、人々は野営と焚き火を日常的に楽しみ、アルヴァとアイノのアアルト夫妻など、個性あふれる建築やデザインがある。

 とはいえ松本妃代さんは、観光を目的に訪れていたわけではない。3か月間、living like a local、そこに暮らすように滞在し、絵を描いていた。首都ヘルシンキから北へ2時間ほど列車で行った、湖畔の森の一軒家で。

 

「最初、スウェーデンに行こうかなと思っていたんですが、滞在する部屋を探していたらピンとくる場所がなくて。フィンランドで探してみたら、すぐにいい家が見つかったんです。本当に何もない田舎ですが、湖のすぐそばの家」

 

3か月だから、住むところがとても大切。部屋の居心地はもちろん、眺め、キッチンがあるか、周囲の環境はどうか。近くに水辺があるといいなとか。今回、気持ちのいい場所が見つかってよかったです」

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<外へ向かう夏の北欧、内省的な秋の北欧>

 フィンランド、スウェーデン、ノルウェイ、デンマークという、北欧4か国には、「二つの季節がある」と言われる(つまり、季節が二つしかない、という意味だ)。短い夏と、長い冬の二つ。夏至をピークにしたおよそ2か月が夏で、残りの10か月は冬。北欧の人たちは微笑みながら自虐的に、「わずかな夏と、あとはずっと冬なんだ」などと言う。

 夏至の頃、北極圏は白夜となり、ヘルシンキでも夜遅くまで明るい。午後11時を回ってからやっと日没、午前1時を過ぎるともう白んでくる。6月、7月、北欧の人々は短い夏をとことん楽しむ。森や湖畔のサマーハウスで過ごし、夜遅くまで外で活動する。寝不足なんて気にしない。

 でも今回、松本さんは9月からの滞在だったから、季節は冬へと向かっている頃。滞在中の写真を見せてもらうと、樹木の葉は紅葉している。11月に入ってからの写真には、地面に少し雪が積もっている。彼女が暮らした森には、北の冬が駆け足で近づいていたようだ。

 

「前、デンマークに行ったときが初めての北欧だったのですが、春から夏にかけての滞在だったので、光がたっぷりで明るくて、人々は陽気で、居心地がいいなと思いました。夜は9時、10時まで明るくて。夜にハイキングしている人たちもいました」

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「ところが今回フィンランドは、9月、10月、11月と、どんどん暗い時間が増えていって、同じ北欧でも時期によってこんなに違うのかとびっくり。夏とは、雰囲気がまったく違いました」

 

「滞在を始めた9月はまだちょっと夏の名残があったのですが、10月が過ぎて、11月に入る頃には気温がぐっと下がり、昼間の時間がいっきに短くなって。朝起きてすぐは真っ暗だから、まずテーブルのロウソクに火を灯す感じ」

 

「だから今回は、寒さと暗さを体験して、おまけに街から離れた森の家で辺りには人がほとんどいないから、なんていうか修行のようでした。夏の北欧とはぜんぜんムードが違ったけれど、でも、森と湖のすぐそばで、静かだから、より自分に向き合えたと思います。それはすごく良いことだったかな」

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<苔むした森、生きものたちの気配>

 森、湖が見える窓辺のテーブルに、紙やスケッチブック、絵の具を広げている写真がある。ああこの絵は、この場所で、この景色と空気の中で描かれたのかと、思わず見入ってしまう。今回シソンギャラリーに展示される絵のどれが、フィンランドの森の家で描かれたものだろう。

 

「冬に向かって曇りの日が多くなり、朝からなんとなく暗い感じの日が増えていき、もともと静かな場所なんだけれど、静けさの密度がどんどん濃くなっていく。でもそこで絵を描き始めると、自分の中に別の意識が流れ始めるというか。日本で描いているのとはぜんぜん違うものが生まれました。目の前にある自然を、いつもとは違った視点で見ている、外側から眺めるのではなく向き合っているという感じがあって……フィンランドに行って、短く暮らして、よかったです」

 

 

「私は、フェアリーテイルペインターとして絵を描いていて、絵にはいろんな生きものが出てくるんですが、フィンランドの森を歩いていると、生きものたちの気配を感じました。目に見えている生きものだけじゃないんですよね。姿は見えないんだけれど、いる。気配がある」

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「森の中に、苔に覆われている場所があるんです。岩も地面も苔がびっしり。ふかふかの苔の森という感じです。その景色を見たとき、苔がトロール(森の生きもの、妖精)みたいに見えたり。熊は見ませんでしたが、でも、森にいると、冬眠の準備をしている動物たちの動きというか、気配のようなものを、姿は見えなくても感じました」

 

「そういう気配を感じていると、生きものの存在が、自分の中に入ってきて、気がつくとそれが絵になっていました。姿は見えなくても、自分の中にインスピレーションが通ってくるというか」

 

<始まりの絵、動物たちの絵>

「小さい頃から絵を描くのは好きでした。でも、その頃は、絵の具を使って描くとかはなかったです。本格的に描き始めたのは、20歳くらいの頃かな。けっこう大人になってからですね」

 

「子供の頃は、どちらかと言えばインドアというか。でもダンスは好きでしたね。何かに絵を描いたり、本を読んだりするのが好きな子供だったと思います。絵本が大好きでした。父が仕事の関係でよく外国に行っていて、いつも絵本をお土産に買ってきてくれたんです。絵本から絵というものがインプットされたんだと思います。子供の頃に開いた絵本の世界が、フェアリーテイルな絵を描いている今の自分に繋がっているのかもしれません」

 

「兵庫県で生まれ育って、大学で横浜に移りました。役者の仕事もその頃に始めて。20歳前後の頃って誰でもそうかもしれませんが、自分って何だろう? 自分の個性ってどんなことだろう?って考えたりしますよね。役者を始めて、役と向き合ったときに、『私は自分のことを知らなすぎる』と思ったんです。だから、自分を知るためにいろんなことにチャレンジしようって思って、何が得意なのかわからないけれど、そのとき始めたことのひとつが、絵だったんです」

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最初の頃に描いた絵、覚えていますか。

 

「実はよく覚えています。そのとき落ち込んでいて。自分に自信がぜんぜんなかったし、たぶんいろいろ苦戦していたときでした。役者の仕事もそうだし、学校にも馴染めない。自分には何ができるんだろう?って悩みながら描いた絵だから、すごく暗い絵なんですけれど、でもその分、生々しさがあって。技術はまったくないけれど、勢いがある絵。私は、そのときに描いた自分の絵、すごく好きです。誰に習ったわけでもないから、絵の具の使い方とかも自己流だし、でも、その絵のこと、勢いのこと、よく覚えていますね」

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「日記みたいに絵を描いていました。毎日のように描いていたというか。そうやって3年くらい経った頃、絵がけっこうたまってきていて、知り合いに見せたら、これ展示した方がいいよ、って言われたんです」

 

「その頃は、今よりもっとリアルな感じで動物の絵を描いていました。写実的だけど、色はぜんぜんリアルじゃなくて、実際とはまったく異なった色で描いていました。表現したい根っこの部分は昔も今も変わらないと思うんですが、表現方法が変わったんですね」

 

「動物は、好きだということもあるけれど、もともと『自分の中にあるもの』なんです。たとえば熊、ヘラジカとか、自分の中にいる。そんな心の中にいる生きものたちの存在が私を安心させてくれていて。私にとっては守り神のような存在なのかもしれません」

 

「フィンランドの森で、すごく大きなシカの死骸を見ました。滞在していた家の飼い犬と一緒に歩いていたんですが、その犬が突然走っていって、ついていったら、そこに大きな死骸があった。怖い感じはまったくなかったですね。なんだろう、やっぱり、生命(いのち)ですよね。生命は、こうやって土に還っていくんだな、その土からまた草が生えて花が咲くんだなって。循環しているんだって思いました」

 

「ずっと描いている絵は、自分の中から出てくるものがほとんどです。だからそのインスピレーションをできるだけ素直に表現したいと思っています。すべて私に入って、私を通って出てくるものたちなんです」

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Hideaway、隠れ家のような場所で生まれた絵>

 フィンランドの湖の水温は低い。真夏でも、とても冷たい。フィランドを旅していると、湖畔には必ずサウナ小屋があり、小屋の煙突から煙が出ていればそれは、「サウナが始まるよ」という合図だ。フィンランドを旅しているとき、サウナ小屋の番人からこう言われたことがある。「人はサウナ小屋で生まれ、サウナ小屋で親子の時間を過ごし、サウナ小屋で初体験をし、サウナ小屋で出産する。サウナ小屋で秘密を打ち明け、サウナ小屋で泣く。そうしていつか、サウナ小屋で死ねれば最高だ」。フィンランド人にとってサウナ小屋とは、礎であり原始。そしてサウナ小屋のそばには冷たい水の湖がある。

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松本妃代さんが、フィンランドの冷たい湖で泳いでいる写真がある。フィンランド人は、湖で泳ぐことも愛している。松本さんは、フィンランドの人たちの気持ちになっただろうか(きっと、かなり冷たかっただろうと思うけれど)。

 一軒家の部屋に暮らし、日に日に弱まっていく光を集め、日ごと強まっていく夜の力を感じながら、窓辺のテーブルに道具を広げて絵を描いていた。キッチンで料理をしてひとりで食べる。その部屋の時間があり、あとは、森の小径を歩いて、ときには道から外れて苔の絨毯の上を歩き、湖に出て、湖畔に佇む。そうやって、非日常の旅の中に、自分だけの日常ができあがっていく。その中で作品作りをする。自分に向き合いながら。自分の中からわき出てくる「何か」をつかもうとする。

 

3か月、海外にいたと言うと、びっくりする人もいるんですが、自分をいったん無の状態に戻すのって、私は1週間ではできないんですよね。1か月でもまだ足りない。知らない場所で、その日その日、直感的にこれをしたい、あれをやりたい、というのを、突き詰めてみたかったんです。3か月そういう暮らしを、知らない土地で、森の中でやったら、自分はどうなるのかなっていうことに興味がありました。ほとんど人に会わず、森と湖と絵を描くことに向き合う。静かでクローズドな環境でそうやって3か月過ごしたら、どこまで変化できるのか、という実験でもありました」

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3か月いましたが、部屋に自分のものは一切ないんですよ。ほんとにスーツケースに入っていたものしかない。だから、ただ箱の中にポツンって入れられたみたいな、世界の果てに落とされたみたいな気持ちになる瞬間が何回かあって、怖いって、こういう感じなのかなって思ったりもしました」

 

「誰とも言葉を交わさない、ひと言も喋らない日もたくさんありました。そうすると、面白いのが、人間って喋ることでアウトプットをしていると思うんですけど、私は一人っきりでぜんぜん喋らないから、じゃあ何かでアウトプットしようと思って、それで絵を描き始めるんです。するとそこに全部アウトプットが集中しているから、なんか、作品がとっても濃くなるっていうか、濃度が高いものになる感じがあって……。それが面白いなって思いました。北欧に行って、絵の雰囲気が変わったし、あの北の森で、自分の中にある世界がより鮮明になった感覚がありますね」

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「北欧にいるときに、Hideawayっていう言葉がずっと頭の中にあったんです。隠れ家、というのかな。Hideawayというのが、次の自分の展示のテーマなのかもしれない、何となくそう思いました」

 

 

text by Eiichi Imai