Meet the Artist

2024-10-05 20:49:00

LOVING FOLK ART KAHOKO SODEYAMA 私が大好きなモノ、光景、フォークアート。 そで山かほ子/イラストレーター

アメリカン・フォークアート、安西水丸先生

 東京の住宅街にある、そで山かほ子さんのアトリエに着くと、2匹の大きな犬と、無数の置物や小物が迎えてくれた。

 犬たちは元気いっぱいに騒いでいて、その声はアトリエのある洒落た集合住宅の中庭にも届いていた。

「(犬たちは)私が絵を描いていてもまったく気にしないし、何か創作作業していても邪魔しません。でも、私がコンピューターに向かうと、途端に邪魔を始めます。絵はOKなのに、パソコンはダメみたい。不思議」とそで山さん。

 

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白い戸棚の中に並んだ無数の小物が楽しい。可愛らしいものもあるし、少しアバンギャルド、ロックな感じのモノもある。メジャーリーグ野球のベースボール・グッズ、日本の東北や京都など各地の民芸品もある。

 懐かしさを感じる小物が多い。この「懐かしさ」は、それを「知っている人」「わかっている人」にとっての、懐かしさだ。アメリカの都市の郊外や田舎、ロードサイドを旅したことがある人にとっては、懐かしいだろうなと思う(筆者もそう)。

 

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 アンティークというと、パリやロンドンのイメージを持つ人も多いと思うが(実際アンティーク屋はたくさんある)、そで山さんのアトリエで見るアンティークの多くは、アメリカのものだ。ちょっと古くて、懐かしい、メイド・イン・アメリカ。だいたい、1920年代から1970年代くらいの、どこかの時代に製造されたものだろう。

 ニューヨークのマンハッタンはビルが林立する大都会だが、車で1時間ほど北へ行くと、牧草地や森が広がる。道沿いにぽつんと、大きな納屋のある家が現れ、その納屋の入り口辺りでアンティーク雑貨を売っている。

 

「アメリカの郊外などで見つけるアンティーク、ヴィンテージのモノたちが、大好きです」とそで山さんは過去の旅を愛おしく思い出すようにして、言った。「いわゆるフォークアートですよね。大小いろいろ買いすぎて、帰りに空港で怪しまれないか心配になったりします」

 

「先生も、アメリカン・フォークアートが大好きでした」と言って、そで山さんはアトリエの書棚から、何冊か本を取り出し見せてくれた。「先生」というのは、イラストレーター、安西水丸さんだ。

『アトランタの案山子、アラバマのワニ 安西水丸のフォークアート・ジャーニー』、『彼はメンフィスで生まれた アメリカン・ジャーニー』など、安西さんの本が並んだ。ニューヨークに暮らした安西さんは、アメリカのフォークアートのコレクターでもあった。そして、「旅する人」でもあった。

 

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そで山さんも旅が好きですか、と訊くと、「旅行は大好きです」と、そで山さんは答えた。

「どこかへ行くことも、どこかで何か食べることも、知らない何かを見るのも大好き。自分が行った場所、滞在した土地の何かを描くのが好きですね。自分が行った場所じゃないと、描いたときにリアリティが出ないと思うんです。風景も、看板のようなものも、人も。私は、できる限り旅をしたいですね」

 

 旅の話、安西水丸さんの話も聞きたいが、その前に、ちっちゃい頃のそで山かほ子さんの話から始めよう。

 

 

絵を描くのが好きな少女から、絵を描く仕事へ

「ちっちゃい頃から絵を描くのは好きでした。絵が好きな、ふつうの子供。田舎だし、近くに美術館とかあったわけでもなく。でも、いつも絵を描いていたように思います」

 

「美術部とかに入るわけでもなくて。少し大きくなって電車に乗ったりすると、美術館に展覧会を観に行ったりするようになりました。大学で東京に出てきて、美術館、ギャラリーがたくさんあって、嬉しくて、いろんなところに観に行っていました」

 

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「別の仕事をしていたんですが、その仕事をずっとできるとは思っていませんでした。長くできる仕事、自分の手で創ったりできる何かを、探していました。手に職をつけたいと考えたとき、半ば消去法で(笑)、絵になったんです。絵を描くことが好きだったから。でも、イラストレーターにどうやったらなれるのかわからない。イラストレーターの原田治さんが主宰するパレットクラブという学校を見つけて、そこに通い始めました」

 

「パレットクラブは、現役のイラストレーターさん、デザイナーさん、編集者さんといったプロの人たちが来て、仕事の話を聞くことができました。私はイラストを学びたいというより、プロのイラストレーターになるにはどうしたらいいのか、それが知りたかったから、現役の人たちに会えるのは重要でした。実際に仕事をしている人たちの話を聞きたかったんです」

 

「パレットクラブでは、安西水丸先生の講義もありました。安西先生がそこで、こう言ったんです。『僕のところで学べば、誰でも(イラストレーターに)なれるよ』。そうか、この人に学べばいいのか!と思って(笑)、それで、安西先生の塾に通うようになりました。2年間、安西塾で学びました」

 

「イラストレーター飯田淳さんの言葉も、当時大きかったですね。『毎日描きなさい』と飯田先生は言っていました。『毎日、歯磨きするみたいに絵を描きなさい』と。疲れている日も、気分が乗らない日でも、必ず何か描く。そうやっておくと、プロになったとき、締め切りがすぐでも描けるようになる。頭よりもまず肉体に、イラストレーターとして描くという動きを覚えさせなさい、ルーティンのようにしなさい、ということでした。作家の吉本ばななさんも『毎日何か書く』と言っていますよね」

 

 そで山さんは、今も、毎日描いていますか?

「いいえ、私は、今は毎日描いていません(笑)。でも、常に(絵のことを)考えてはいます」

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旅をして、描く。アメリカの風景が好き。

10代の頃、フランス映画のヌーヴェルバーグの世界とか好きでした。フランスやヨーロッパのちょっと古いもの、ヴィンテージとか。アメリカにはあまり興味がなかったのに、実際、旅行に行って大好きになりました。安西先生からアメリカのフォークアートについて話を聞いて、安西先生の本や描いたものを見て、さらに大好きな場所になりました」

 

「アメリカの都市の建築物とか、色のバランスとか、初めて見たのに懐かしいというか、もともと好きな光景だったんですね。街の中のちょっとした組み合わせにグッときて、たくさん写真を撮っておいて、後でイラストにしていました」

 

 

「ニューヨークは、いろんな世界の継ぎ接ぎというか、パッチワークになっていて、それが好き。ロサンゼルスは、空は青くて晴れているけれど、街は少し色あせていて、古いアールデコな感じで、そこが大好き」

 

「ニューヨークは地下鉄で、雑多な人種がストリートを早歩きで歩いていて、そういういろんな人を見るのも楽しい。やじろべえのような信号機とか、ストリートの看板とか、雑居ビルの壁に描かれたグラフィティとか、通りごとに個性があって、絵になります。ロサンゼルスはクルマ社会だから、古いクルマを直しながら乗っている人も多くて。白いボディのクルマなのに、ドアだけ直して付け替えたから黒かったり。そういう光景も好きです」

 

「安西先生に教えてもらったアメリカン・フォークアートの世界も含めて、少しずつ自分が好きなアメリカの風景、モノや人が増えていきました。ジョージア・オキーフ、デヴィッド・ホックニー、ニューカラーの写真集、アメリカン・ニューシネマ……、好きなものは雑多で多岐に見えますが、自分としては根が同じというか、通じているものがあるんですよね」

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木の板に描くこと。サイン・アートの世界。

「木の板に絵を描くようになったのは、かれこれ20年くらい前。最初は、看板を作っていたんですね。アメリカを旅していると、向こうではビルボードと言いますが、いろんな看板があって、大好きなんです。たまに、あの看板持ち帰りたい!って思うけれど、大きすぎるから無理で(笑)。郊外のアンティーク市へ行くと、大小いろんな古い看板が置いてあって、ワクワクします。それで私も、アート作品としての看板を作る・描くということをスタートしたんです。そういう職業をサイン・ペインターと呼ぶことを後で知りました。私も、自分が飾りたい看板を描こうって思ったのがきっかけで、作り始めました」

 

「今回、シソン・ギャラリーに展示するのは、木の板に描いているシリーズが中心です。自分の周りの身近な愛おしいものたちを木の板で作っています」

 

「旅しているとき、たくさん写真を撮ります。帰ってくると、旅先の写真を眺めて、そこから構図やデザインを考えていくことが多いですね。スケッチしながら旅する人も多いですが、私は写真派、あとから絵にしていく。街角、看板、ストリート、サイン、クルマ、バス、ネオン、何でも撮りますが、人も撮ります。路上や公園にいる、いろんな年代の、いろんな肌の色の人たち、立ち姿、座っているときの様子、新聞を開いていたり、犬を連れていたり、どれも面白いし、絵になります。あと、草花や樹木もたくさん撮ります」

 

「安西先生も、あちこち旅をして、いろんなものをコレクションして、絵に描いて、文章も書いていました。すごく影響を受けていると思います。私も旅が大好きだし、旅先で見たもの、体験したことを、描きたい。これからも、できる限り旅はしていきたいですね」

 

 

ジョージア・オキーフから仏像まで。

 犬たちが、時々会話に参加するようにワンワン言って、それをきっかけに、それまでしていた話がガラッと変わったりもした。安西水丸さんの話をしていたと思ったら、京都で見つけた民藝の話になり、色や光の話をしていたら、ゴーストランチの話になっていたり、という具合。

 

 そで山さんはときどき書棚へ行って、本を取り出してきて、見せてくれた。デヴィッド・ホックニーの画集、ステファン・ショアの写真集、中野浩二の作品集、spectator版の『ホール・アース・カタログ』『赤塚不二夫』、『世界の民芸』という本、『みちのくの仏たち』、カラーブックスのシリーズから『円 空 仏』などなど、気づくとテーブルの上に大小の本が積み上がっていた。

 

 話に夢中になり過ぎていると、犬たちが足下にやってきて、アテンションを求めるのだった。そで山さんが煎れてくれたハーブティーを飲み、また話に耳を傾けた。

 

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「ずっと続けられる仕事をしよう」と思って、イラストレーターを志したという、そで山かほ子さん。もちろん、今に至るまでには、山あり谷ありだったと思うけれど、とても自然体というか、自分が純粋に好きな風景やモノたちを絵にしているアーティストなんだなと思う。

 

 いつか、そで山さんがアメリカを旅し、描き、書いた本を、読んでみたいなと思った。そで山かほ子さんの、旅の世界の絵と文章が本になったら、それはきっと素敵だろう。そんなことも想像しながら、シソン・ギャラリーでの展示を楽しもう。

 

 

 

text by Eiichi Imai

photography by Koichi Chida